「お客様、どこかかゆい所はございませんかー?」
「いや、大丈夫です……洗うの上手くなったな、坂道」
「えへへ、そう?」

細い指先が下を向いた状態の今泉の髪を丁寧にシャンプーで泡立てて、頭皮をマッサージしながら
洗ってゆく。眠気をもよおす程の心地良さだ。

実家の会社関係のツテでサロン用のシャンプーやコンディショナーが格安で手に入るらしく、買わ
なくても送ってあげるわよと母に言われ、遠慮なく頷いた。
親から仕送りの学生の身では、今まで家で使っていたような物は高くて買えないと思っていただけに
ありがたい。
それにしても、ちゃんと自分と坂道に合いそうな香りの物を二種類送ってくるあたり、母の気の回る
事、おそろしくなるレベルだ。

髪を洗ってくれている坂道は上機嫌だった。
ふーんふふふふーん♪とラブ☆ヒメの歌を口ずさみだしたので、今泉も最後の部分を仲良く合唱
してやった。
くすくすと頭の上から嬉しそうな笑い声が落ちてくる。
幸せそうだ、と思うと、今泉も幸せな気持ちになれた。これでこそ風呂にこだわった甲斐があったと
いうものだ。


同じ大学に入学が決まり、ルームシェアをする部屋を物色する際、今泉が特にこだわったのが風呂
の広さだった。
高校時代、自分たちはなかなか二人きりの時間を持てなかった。
二人で暮らすと決まった以上もうそんな心配は無用だが、以前は気軽に出来なかった事をやりたい
とは考えていた。
ハッキリ言ってしまえば、いちゃいちゃできる場が欲しかったのだ。

いくらいい物件があっても、風呂や浴槽の狭い所は今泉は断固としてダメ出しした。
オレは体がでかいから風呂が狭いのだけはいやだと主張すると、坂道もなるほどと思ったらしい。
それからは部屋探しの条件に優先的に組み込んでくれた。
努力の末に辿り着いたこの部屋のバスルームは広く明るく声がよく響き、今泉のエロい願望を実現
するに最適なものであった。


シャンプーの泡を洗い流した後、今度は今泉の髪にコンディショナーを丁寧に馴染ませると、「2・3分
置くからね」と坂道は声をかけた。

メガネを外しているからぼんやりとしてはいるが、作業を中断し手が空くと今泉の体が無防備にさら
されているのが目に入り、急に意識してしまってギクッとする。
まずいやばい。ぶわっと頬に血が昇ってきた。
いつになったら慣れるのか。そもそも見慣れる日など来るのか。
うわぁもう…今、顔を見られてなくてよかった…と思った。

体育会系の部活である以上、一緒に着替えもすれば合宿では風呂にも入っていた。
今泉の裸ぐらい普通に見てきたが、今ではもう根本的に意味合いが違う。

きれいに筋肉のついた腕、しっかり厚みがあって引きしまった胸から腹にかけてのライン。
そこからさらに下、今はおとなしくなっているがずっしりした質量のペニスまで、あんまり見ちゃダメ
と思いつつも、坂道は恋人の身体に見惚れる。

ついさっきまで抱かれていたのだ。
思い出したらもうだめだ。愛された色んな場所が熱を孕み、じくじくとうずき出してしまう。
特に念入りに甘噛みされては舐め溶かされるを繰り返された乳首は、まだ赤く腫れぼったいままだ。
体中がものすごく敏感になっていて、一向に冷めてくれない。

(た…足りてないって事かな…僕、ちょっとやらしすぎるんじゃ…)
今どっか触られたら絶対ヘンな声出るよどうしよ…と坂道は頭を抱えずにいられなかった。


明日は大学の自転車競技部の練習がない日だ。
だから今日は二人で決めた 『最後までしていい日』 で、今泉はもういいからと坂道が焦れて泣き
じゃくるまで後ろを慣らし柔らかくした後、やっと奥の奥まで押し入ってきた。

気持ちがよくてたまらなかった。身体が今泉に馴染んできているのだ。
朦朧となった頭で、抜いちゃやだとか離さないでとか何とかかんとかいっぱい口走ったような気が
する。

今泉は満足そうに笑い 『おまえが離せって言っても離してなんかやらねーよ』 と囁きながら、坂道
の中の感じる場所をひっきりなしに攻め立ててきたから、もうその後は足を絡めてぐっちゃぐちゃに
乱れた。
思い出すと恥ずかしくて死にそうだ。
まだそれから一時間もたっていないが、精神衛生の為にもなるべく記憶をぼやかしておきたい。


高校時代は当たり前だが、最後まで落ちついてできる場所も時間もめったになかった。
やっと誰にも気がねせずに愛し合える場所ができたのだ。
そのせいで、タガが外れてしまっているのだろうと思ったりもする。

最近では、今泉を受け入れる時、自分の体も心も滅茶苦茶に悦んでしまっているのを坂道は上手く
隠せない。
こんなに好きで大丈夫なのかなと変な心配をするぐらい好きで。
毎日ずっと一緒にいるのに、その想いは際限なく膨らむばかりだ。

(重いって思われないかな…こんなの)
今泉がそんな人じゃないのは知っているが、今の自分は我ながらちょっとうざったいような気がする。
だから抱かれた後に一緒に風呂に入っても、ことさら何でもないようにあっさりサバサバと振る舞っ
ている……つもりでいたのだが。



「……坂道?」
「…っ!あ、ご…ごめん!ぼーっとしてた。流すね!」

シャワーの温度を確かめてから、また坂道の指が髪を梳きながらコンディショナーを洗い流して
くれる。いつもとは違う、甘い桃のような香り。
軽く髪の水気をきった後で、ようやく今泉は頭を上げた。適当に手櫛でかきあげていると、慌てて
坂道がタオルで頭を覆ってきた。
タオルに水分を染み込ませるような丁寧さで、髪をゆっくりと拭いていく。

「おまえ、自分の時は大ざっぱなくせに」
「自分はどうだっていいんだよ」
そういえば、今日はどうして僕の使ってるシャンプー使えって言ったの?と坂道は小首を傾げながら
聞いてきた。
「これいい匂いだけど甘いし、今泉くんに全然合ってないよ…?」

まあ確かに、ウイークデイにオレがこんな香りを漂わせていたら周囲にぎょっとされるだろうなと
今泉はおかしくなった。
だけど今日は週末だ。恋人とやりたい事をやっても誰にも迷惑はかけない。

「いいだろ、休みの日ぐらいおまえと同じ香りで」
先に洗ったからまだ湿っている坂道の髪に鼻先を押し付けながらそう言ってやったら、少し間を
置いてから、自分を見つめる目がぶわっと潤んだ。

言葉でも感じさせてやる事はできる。今すごく気持ち良さそうな顔してんな、と思う。
頭からかぶったタオルの影で、そっと唇を合わせた。
ただ触れ合わせるだけのそれが、気が遠くなるほど気持ちいい。たまらない。


瞼と頬にもキスを落として、少しぼうっとした顔つきの坂道に笑いかけるとつられるように笑い、
『うれしい』 と小さく言葉にする。

「今泉くんは…僕を嬉しい気持ちにさせてくれるのが上手だね…」
「おまえもだろ……最後までした後はいつもオレにいっぱい触ってくれるじゃねーか。今も髪洗って
くれたし」
「……えっ」
「…?なに驚いてんだ?おまえ、した後は珍しくいちゃいちゃしたがるから、気持ちいい余韻が残っ
てて離れたくないのかと思ってたんだがな」

ふわふわとした心地良さに浸っていた坂道は、今泉の言葉で一気に我に返った。
ガーン!と漫画みたいな文字が脳内に躍りまくる。何ということだろう。
(した後は 珍しく いちゃいちゃしたがる!!!)

うわああああ…!!と坂道は文字通り頭を抱えた。今泉にいやらしい奴だと思われたくなくて、事後
は苦心してあっさりサバサバ振る舞っていたはずだったのに。
(今泉くんには、僕が終わった後もべたべた触りたがって見えてたってことー!?)

言われてみればそうなのだ。自分はもっと今泉に触っていたかった。髪も洗ってあげたいし、体も
洗ってあげたい。離れたくない。
だってさっきまでこれ以上ないぐらい深く繋がっていたのに。
この人の脈動を中で感じていた。そこから生まれた愛しい気持ちがそんな急に凪いでくれるわけが
ない。でも、それでも。


じわ…と坂道の目元に涙が浮かび、「恥ずかしいよぉ…」と呟いたのに今泉は驚かされた。
「坂道?おい、どうした。なんか嫌なこと言ったかオレ」
ガタッと風呂椅子を坂道の方へ寄せる。そのまま、ひと回りは小さな体をためらうことなく抱きしめた。

肌と肌が触れ合う。途端、坂道が「…あ、だめだよっ…」と小さく甘い声を漏らした。
どう考えても拒絶しているようには聞こえなかった。
風呂の蒸気で微かに濡れた滑らかな背中や腰に掌を這わせる。腕の中でびくびくっと震える体が
愛しく、何を心配しているのだろうと今泉は思う。

大きな瞳に涙をためている坂道を見つめ、「どうしたよ?」ともう一度聞いた。
だが、坂道は案外頑固に首を振るばかりだ。

「まあ言わねーんなら、言わすけど」
どうするかな…と坂道の身体を舐めるように見やった今泉は、先刻ベッドで可愛がりまくったせいで
まだ赤く熟れた胸の先に目をつけた。
坂道の手を取り、まずは有無をいわせずその指先を口の中に含む。

「やっ……なに今泉くんっ…やめ…」
今泉が自分の指を三本も口に含んだ。熱くぬめった口内で舌がぴちゃぴちゃと絡んできて、坂道の
下肢には痛重いような快感がずんと届く。
体の先端はたいてい性感帯だ。
ましてこの行為は口淫に似すぎている。性器を舐められる時を連想せずにいられない。

「いやぁ…いまいずみく……おねが…」
何故いきなりこんな事をされているのか分からない。
だが自分でもとても嫌がっているとは思えない声が、風呂場に反響してぞくぞくした。
今泉もそう思ったようで、「いい声だな、すげーやらしい顔してんぞおまえ…」と少し意地悪な顔を
して笑う。
そしてたっぷりと唾液を絡めた坂道の指を口から引き抜くと、性感にぷつりと勃ちあがっていた
乳首をそれでぬるり…と押しつぶした。

「やっ…!やだぁ…それやだ…っ!」
喉の奥から悲鳴があがる。だが今泉は構わず、坂道の指を使って坂道の乳首をいじらせた。
自分の意思で動かしているんじゃないのに、まるで今泉に自慰を見せているようだ。
いや、いや…と壊れたように言葉は漏れるのに、手を振り払えない。
気持ちいい。浅ましいと思うくせに、こんな姿を見られている事にまで気持ちよくなってしまう。

「ほら、摘んで真ん中の指でいじってみな…好きだろ…?」
今泉の声が魔法みたいに坂道をそそのかす。頬が火照る。
死んでしまいたいぐらいの羞恥に襲われているのに、逆らえない。
おずおずと右の乳首を摘んでそこから動けずにいたら、今泉の指が脅えた人差し指を後押しして
きた。敏感な先端がぬるぬると擦られる。

「ふぁ…あ…あぁ…ん…」
腰が浮きあがった。何やってんだろ僕は、と朦朧とした頭で考えるのに、一度始めてしまったら
指は止まらない。

この人としかした事のない行為ばかりだ。
涙の膜に揺れる視界に濡れ髪の今泉が映っている。
自分がどうされたら感じるか、どう言われたら感じるか、彼にどんな風に触りたがるか。
奥まで入りこんできた彼の欲望の熱さを、どれほど嬉しく思ってしまうのか。
本当の事を突き付けてくる。
全部が全部、二人きりの秘めごとだった。誰も知らない。見たことがない。

「気持ちいいか?」
「き…きもちい…」
「オレに見られてて恥ずかしい?」
「はずかしいよぉ……僕…僕だけっ…こんな…」

ひっくひっくとしゃくりあげる坂道の涙を、今泉はわざと舌を見せて舐めあげてやった。
(なるほどな、何となく分かってきた…)
胸への刺激だけで緩く勃たせかけている坂道のペニスに目をやり、でもこれじゃイケそうにねーな
と思いながら、色づいた耳たぶにも吸いつく。

「……ぁ、あ…」
じゅる、と音をたてると、耳も敏感な坂道は困り果てたような濡れた眼差しでこちらを見つめてきた。
欲しくて欲しくてたまらない。
いつも控え目な恋人の目にそんな情欲がハッキリと浮かぶ瞬間が今泉は好きだった。
おまえのその欲望を、オレが見なくてどうすんだと思う。


「で?おまえは何が恥ずかしいって言ってたんだっけ」
突然今泉にそう問われ、手が止まる。坂道は大きく目を見開きがちんとフリ―ズした。

されるがままに流され、風呂場にエッチな声を響かせながら乳首をいじらされていた自分について
じぃーっとプレイバックしていくうちに頭にどんどん血が昇ってくる。
(うわああああああああああああ)
もうなにこれなにこれ!僕なにやってんのこれ!!?と一瞬で茹であがったように真っ赤になり、
ぶるぶる震えつつも坂道はやっとのことで声を絞り出した。

「いっ…今…っっ」
「ん、なんだ?」
「今やってることの方が1万倍恥ずかしいよ今泉くんのバカーーッッ!!!」

腹の底から思い切り怒鳴ったら、声がくわんくわん密室に響いた。
おまけに今泉が珍しく横を向いてめちゃくちゃ笑っている。
濡れた黒髪から雫がしたたり落ちるのも構わずに笑う今泉がカッコいいやらかわいいやらで、坂道は
この憤りをどこへぶつければいいのかと、やるせない気分になった。
イケメンとは何故こんなに反則的な存在なのであろうか。


力の入らない拳で胸板をポカポカ叩きながらぐずる坂道を抱いて、「ほら、ちゃんと言え。心配で
寝らんねーだろ」と今泉が促すと、「最近、僕、身体ヘン…」とようやくポツリと口にした。

「今泉くんとしてると…気持ちよすぎて死んじゃいそうになるし、やらしい事いっぱい言ったりしたり
しちゃうし…」
「すげー褒め言葉来たな」
「もう!僕ホントに悩んでたんだよ。だから…なるべく終わった後はサバサバしてるつもりだった
のに…」
「ああ、そんな事まで気にしてたのかよ」
「そんな事って…気にするよ。やらしい奴って今泉くんに呆れられたらって…思ったら…」

こわいよ、とまた新しい涙を浮かべる坂道がいじらしくて、今泉は安心させるように笑いながら額を
ぐりぐりと合わせた。

「あのな坂道。恋人と一緒に暮らしててもっともっと欲しいって思わなかったら、そいつらは不能か
倦怠期だ」
「そ…そうなの」
「だいたいセックスに変とか変じゃないとかねーだろ。おまえ何と比べてんだよ」
「でも…今泉くんは前とあんまり変わらないから、僕だけおかしくなってるみたいだ」

坂道に少々恨めしそうな口調で言われ、あー…そこはオレが自重しすぎてたのかと今泉はふいに
気づかされた。
(こんなに毎日一緒にいても、言わなきゃ伝わんねー事も多いな)
そういう瑣事が積み重なると、関係がぎくしゃくしたりするものなのだろう。

幸い、坂道は素直で感情がそのまま顔に出るため分かりやすいのは分かりやすい。
だがそれに甘んじているときっと痛い目をみる。誤解は速攻で解くに限る。

「そこはオレが悪かったか…まだ一緒に暮らしはじめて日が浅いから、オレがあんまりがっついたら
おまえを怖がらせるだろうって思ってたんだ」
「…今泉くん」
「どうもちょっとスカシすぎてたみたいだな」
冗談めかしてそんな言い方をする今泉にうんうんと頷きながら、坂道は「僕おんなじがいいよ…」と
言う。

同じだけの想い、同じだけの欲。
二人の人間がそれを抱くなんて夢物語でしかないだろう。なのに坂道はそれがいいと言うのだ。
そして自分はこいつのそういうとこが好きなんだよな…と今泉は密かに思う。


「まァでもおまえも、最後までやらなくても毎晩毎晩ベッドに引きずり込まれてるんだし、オレに欲し
がられてる事ぐらい分かれよ」
「そうだったんだ…」
それこそまず 『普通』 の基準がよく分からない。寝る前に毎日あれこれするのがは 『普通』 なのか
と思っていた。
難しいんだね、と坂道はむぅ…と考え込んでいる。

それを横目で見ながら、今泉はバスルームの小さな収納部分を開けてとある物を取り出した。
(まさか今晩使う事になるとは思わなかったがな…)
可愛らしくカラフルなパッケージに、坂道は目をまるくして「それなに?今泉くん」と聞いてくる。

「オレはもっと分かりやすくおまえを欲しがった方がいいみたいだからな」
人の悪そうな笑みを浮かべながら、今泉は坂道の掌にその小袋をぽんと乗せてやった。

「今からこれ使ってオレと遊んでくれるか?坂道」




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