『今すぐ、ツナを引き取りに来い』

よく晴れた日曜の朝。鳴った携帯にしぶしぶ出ると、特徴のある声がイキナリそう言った。

「え…あ…リボーンさん、スよね」
『ウザくてもう我慢できねーぞ。お前が来ねーなら窓から放り出すまでだ』
「いやいやいや!待ってください。その、10代目をお連れしてもいいんスか」
『何度も言わせんな、オレは気が短けーんだ』

一方的な電話が終了した後、獄寺は浮かれた。
何があったか知らないが、とにかくこの晴天の日曜にツナを独占できそうなのだ。
(急がねーと。リボーンさん、やると言ったら本気で10代目を放り出すからな)


獄寺の目から見れば、大切な主であり恋人でもあるツナは完全無欠だった。
キレイで愛らしくて、優しくて、カッコよくて、強くて、心が寛い。
他にも褒め言葉を捜せば何時間でも語れる自信はあったが、今は急いでいるから割愛だ。

しかしボンゴレ最強のヒットマンであり、彼の家庭教師でもあるリボーンから見れば、
まだまだ足りない所だらけらしい。

だからリボーンはいつも彼にとても厳しくする。
だがそれはきっと必要なことなのだろう。あの二人の絆を思い返し、獄寺は頷いた。

その分だけ、自分が彼を大切にする。
そうすれば、彼は他の誰にも見せないような柔らかな笑顔を自分に向けてくれた。

思い出しただけで、獄寺の口元は幸せそうな弧を描く。
昨日、ツナの補修に付き合って、学校帰りに別れたばかりだ。
だけど、早く会いたい。会って顔がみたい。


もしかするとリボーンが勉強を教えていて、彼の飲み込みがゆっくりすぎてキレたのかも
しれない。
それならここに連れ帰って、分からないところは教えて差し上げよう。

それとも本当に遊びに行ってもいいのだろうか。
デートできるならどこへ…と考え、獄寺の浮かれ具合は最高潮に達した。
いい加減に身に着けようとした服とたくさんのシルバーリングを、じっくり選びなおす。
そして時間を食った分を取り返すように、上着を掴むとマンションの部屋から飛び出した。



気持ちは浮き足立っていたが、獄寺は沢田家を訪れる時は、周囲に怪しい輩がいないか
注意をおこたらない。

ところが、沢田家の門扉が見えてきたと同時に、黒い大きなカプセル状のカタマリがさっと
角を曲がるのを目撃した。
ピアノで鍛えた鋭敏な耳が、かすかに 『ヨヨヨ〜』 という不吉な音声も拾う。

(今のはまさか……)
ボンゴレの武器チューナー二代目の丸っこい姿が脳裏をよぎった。
10年後の未来では多少使えるようになっていたが、今の時代のヤツはトラブルメーカー
以外の何者でもない。

しかし逃げ去った姿を追いかけるほどの気持ちにはならなかった。
今日は日曜。清々しく晴れわたった空の下、10代目とのデートが待っているのだ。


アネキがいませんように…と念じながら、沢田家のチャイムを鳴らすと、奈々がいつもの
笑顔で迎えてくれた。

「あら、獄寺くん。おはよう、早いのね」
「おはようございます、お母様!」
「そうそう、リボーンくんが、獄寺くんが来たら上がってもらってって。ツナの部屋よ」
「じゃあお言葉に甘えて、失礼しまっす!」

勝手知ったる人の家。
獄寺は奈々に軽く会釈をすると、ツナの部屋に続く階段を上がろうとした。
途端に「うわああぁぁぁーん!!」という子供のかん高い泣き声が聞こえてくる。

(アホ牛のやつ、またしょーもない事しでかして10代目を困らせてんのか)
出かける前にあの迷惑きわまりない存在をシメて行こう、と心に決める。
10代目がお優しいからアイツはつけ上がるんだ、とランボに対する怒りを露わにしつつ
獄寺はツナの部屋のドアをノックした。


「リボーンさん、10代目、入っていいっすか?」
相変わらず、子供のしゃくりあげる声がしている。
だが、無駄に耳のいい獄寺は、それがランボの声ではないとここで気がついた。

不審に思いながらドアを開けると、「おう、来たか、獄寺」とリボーンに声をかけられる。
それに軽く頷き返しながらも、獄寺はセンサー全開で室内にツナを探した。

……いない。
いや、いる……ような気がする。ものすごくする。

獄寺の目が釘付けになったのはツナのベッドにくしゃくしゃに丸まった布団だった。
その盛り上がり方はどう見ても布団だけではない。
そしてそこから小さくしゃくりあげる声がずっと聞こえていた。

「10代目……?」
泣いておられるのだろうか、と思い、可能な限り優しい声で布団に呼びかけると、丸まった
物体はびくっとして、またグスグスと鼻をすすり始める。
「ああ、うぜえ。こいつが10代目候補じゃなかったらズドンとやって片付けるんだがな」
背後からリボーンが本気としか思えないセリフを吐いた。

「10代目、どうなさったんですか。オレです。お顔、見せてください」
ベッドの端に座るとギシッと音がした。
それを感じたらしく余計にぎゅうっと丸まった布団を、獄寺はポンポンと叩いてみせる。

(……ん?なんかスゲー小さくねえか?)
ツナは元々、男にしては背も低めで華奢な体格ではある。
それにしたって中学3年、いや、もうじき高校生になろうという人間が潜り込んでいるには
その布団の小山はあまりにも小さかった。


しかし、この中に最愛の人がいると確信した獄寺には、それは全く瑣末な事だった。
我慢づよくしばらく待っていると、やがて布団の中から声がする。

「獄寺くん、オレを見ても笑わない?」
「オレが10代目を?」
「うん…」
「オレがそんなことするとお思いですか」
「……思わない、よ」

バカップルめ、というリボーンの捨てゼリフと同時に、布団はもぞもぞと動き開いた。
ずっと狭くて苦しい中にいたツナは、新鮮な空気を吸い込み、ぷはっと息をつく。

目線をあげると、予想外に近くに獄寺は座っていた。
おおきく見開かれた灰碧色の瞳と視線が合った瞬間、ツナは逃げ出したくなった。

だが次の瞬間、獄寺は耳慣れない言葉をつぶやきながら、ツナの頬に指でそうっと触れた。
なんていったの?と聞き返す必要もなかった。
ぱあああああ……っと音がするぐらい獄寺の顔が明るくなる。

「天使みたいっす、10代目!!!」
「ええーっ、なに言っちゃってんの、獄寺くん、きみ!?」
「んー?羽は生えてないんすね。おかしいな、なんでっすかね」
「いやいやそうじゃなくて!天使とか羽とかオレの何を見たらそんな発想が…」
「えっ、天使ダメっすか。んじゃ………王子様?」

(いや、オレは表現の仕方にダメ出ししてるわけじゃないんだよ…)
噛み合わない会話に、ツナはぐったりしてきた。
だいたい、黙ってさえいれば、天使っぽいのも王子様っぽいのも獄寺の方だろう。
目の前の銀色の髪と灰碧の瞳を見てそう思う。


一方の獄寺は有頂天だった。ジャンニーニの奴、なんという良い仕事をしやがったのか。
自分のときは呪いの言葉を吐いたものだが、今や獄寺の中でジャンニーニの評価は
ウナギ上りであった。

自分のときと同じだ。
あの武器改悪チューナーがまた10年バズーカをいじりたおし、それをランボが何かの
拍子にツナにむけてぶっ放したというところだろう。

布団の中から這い出してきたのは、小さな小さなツナだった。
10年パズーカの効果だから、5歳ぐらいだろうか。

獄寺の時と違い体だけが縮んだ様子で、着るものがなかったらしい。
長袖のTシャツ一枚をブカブカの状態で着ている。
いや、着ているというより、シャツの中で泳いでいるといった風情だ。
(ああ、こんな格好だから恥ずかしかったんだな。さすが10代目、慎み深いっす…)


一人悦に入る獄寺に向かって、ツナは一応の説明を試みた。
「あのさ、またジャンニーニが来ちゃってたんだ…それで」
「ええ、オレお家の前でチラッとあいつを見ましたよ。また10年バズーカいじったんすね。
しょーがねえ奴」
と、全然しょーがねえとか思ってなさそうな満面の笑みが返ってくる。
むしろボンゴレのメカニックにお礼の品を送りそうな勢いだ。

説明の手間が省けるのは有り難いが、この獄寺の盛り上がりに果たして終わりはあるのか。
だいたいこんな貧相な子供を見てあんなに喜ぶなんて。
(へんだよ、そんなの…)


ツナは、これぐらいの年の頃の自分を思い出すのもイヤだった。
体が小さくて走るのも遅い自分は、すぐ仲間外れにされるか、いじめられた。
大人より子供の方が残酷だった。放っておいてくれないからだ。
グズとかチビとか言われて、よく体の大きい子たちにこづかれたりもしていた。

だからこの姿になってしまった時、当時のことを思い出しもう涙が出てきた。
リボーンが獄寺を呼びつけたのを知って、どうしよう!?と思った。

誰だって好きな人にみっともない姿を見られたくない。
こんな格好の、こんな見てくれの悪い子供を見たら、獄寺ががっかりするだろうと思った。
彼が失望したような目を自分に向けたらどうしようと怖かった。


だが今、獄寺は優しそうに目を細め、壊れ物を扱うようにツナの頬や髪に触れている。
布団の中でくしゃくしゃになった髪も、手で梳いてなおしてくれた。

「このままじゃ外にお連れできませんね。オレ、服を買ってきます」
「え、オレの服…?」
「10代目の服を選べるなんて、スゲー楽しみっす」

ニカッといつもの笑い顔。
服だけじゃなくて、靴と靴下と下着…パジャマもいるか、と獄寺が指を折って数えるのを
ツナは不思議そうに見ていた。

「10代目のお母様ほど上手に選べるか分かんねーっすけど、がんばります」
「そ…そんなことないよ、獄寺くん、いつもセンスいいし」
「ほんとですか!?」



「おい、獄寺!てめーさっさとしやがれ!」
その時、テンション最高潮の獄寺に向かって、 リボーンが何かを投げつけてきた。
まあ鉛玉じゃないだけマシではあったが。

ぱしっと上手に受け止められたそれは、ちょうど手のひらサイズだったらしい。
ツナは気になって、何だろう?と小さな体で伸びあがった。
同時に獄寺の両手から、ジャッ!と音がする。

いったいこの部屋のどこにそんなものが潜んでいたのか。
それは、本体部分に踊るウサギの絵のついたメジャーであった。
当然、ツナの持ち物ではない。
妙にファンシーなそれは獄寺にミスマッチすぎて、一周回って愛らしく見えるほどだった。

使命感に燃えた獄寺が、マジシャンみたいな手つきでメジャーをささげ持ち、笑顔でツナへと
じりじり迫ってくる。

(リボーンがこの部屋に何を隠し持ってたって、もう今さら驚かないけどさ…)
(一応、ここオレの部屋なんだけど)
(どんだけ侵略されてんだよ、マイルーム…)
(ていうか、怖い!怖いから、獄寺くん、その笑顔……!)


「では失礼して、スリーサイ…いやいや、10代目のお体を採寸させていただきます!」
今、スリーサイズって言ったよ、この人…と、ツナは遠い目になった。

まあ、獄寺と自分は恋人同士だし、やるべきこともそれなりにやっている。
むしろ自分の体で、彼が見たことない部分なんかもうないかもな〜なんて思う。
採寸ぐらいで恥ずかしがるのも今さらなわけなのだが。

それでもツナは、小さくなった自分にいつも以上にコンプレックスがあった。
獄寺の目はひっきりなしに 『くぅ〜っ なんてお可愛いらしい、10代目!!』 と訴えていたが、
あまり素直には受け取れそうにない。

(…でも、獄寺くんは、オレに嘘は言わないし)
(だから獄寺くんの目にだけは、小さいオレも、て…天使っぽく見えてんのかも??)

「ハイ、10代目、身長は測りましたから、今度はお手を拝借」
「いやあの…手なんか測ってどうすんのさ」
「記念っすよ、記念!」
「全然イミ分かんないんだけど、獄寺くん……」

二人のやり取りに飽きたのか呆れたのか、リボーンはいつの間にか、愛用のハンモックに潜り
こんでしまっていた。
すぴーすぴーとお気楽な寝息が聞こえてくる。
まあだからこそ、安心してイチャイチャできるわけなのだが。


獄寺が服を買ってきてくれたら、外へ出かけるのもいいな、とふいにツナは思った。
外はすごくいい天気みたいだし。
この状況でそんな風に思えるのは、自分的にはなかなかの進歩だ。

あとでどっか行こうか、獄寺くん、と小さな声で言うと、獄寺は笑って頬に軽いキスをした。
楽しい日曜日は、今ようやくスタートしたばかりだ。





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