うっすらと目を開けると、オレンジ色の光がとても眩しくて、ツナは今までもたれかかって
いたものへとまた顔をすりつけた。

ゆらゆらとした振動と、浮遊感。
だが体はしっかりと誰かの腕に支えられている。
(あれ……?)
自分の足が地についていないのを感じたツナは、ここでようやくはっきりと目を覚ました。

「ご、獄寺くん!」
「あ、起きられましたか、10代目。もうすぐオレん家着きますから」
「ごめん、オレ寝ちゃったんだ……降ろして、自分で歩くから!」

だいたい5歳児と思しき大きさになったツナを、獄寺は軽々と両腕に抱いて歩いていた。
肩には、今朝ツナのために買ってきてくれた服や靴を入れた紙袋もかかっている。

「だーいじょうぶっスよ。体が小さくなった分だけ、10代目はくたびれておられるんです。
着くまで眠ってていいですよ」


ちなみに 『安いのでいいからね』 とツナが主張した洋服だったが、そんな言葉は獄寺の
耳を右から入って左へと抜けていた。
品物自体は、いつものツナの好みから特別外れてはいない。
だが渡されたのはこういう事に疎いツナにも分かるほど、上等そうな物ばかりだったのだ。

浮かれた獄寺が大散財することは容易に予想できていた。
でも、ここまでとは思わなかったんだよ〜とツナはひそかに頭をかかえる。
やはりなんとかして自分も同行すべきだったか、と思ってみてももはや後の祭りだ。

今のツナは、髪と瞳の色によく合った綺麗なグリーンとオフホワイトのニットを着ていた。
さらに薄手の真っ白なダウンジャケットをふわりと羽織らされ、襟元には獄寺の好みらしく
小さな皮のチョーカー。
仕上げに、羽の形の飾りのついた愛らしいリュックを背負わされている。

どうあっても獄寺の思考は「天使」から離れられなかったらしい。
だがそれを着てみると、ツナ自身も悪くないと思えるほどには可愛らしかった。
リボーンが 『フン、馬子にも衣装だな』 と言ったぐらいだ。

小さくなった自分の姿がいやでたまらなかったツナは、少しだけ心が軽くなった。
これなら獄寺くんと一緒にいても、恥をかかさずにすむかもと思えた。

ちなみに獄寺はといえば、整った容貌が台無しなとろけそうな笑顔を小さなツナに向けると
「シブイっす、10代目!!」
と合計7回も繰り返した。


「動物いっぱい触れて、楽しかったね〜獄寺くん」
「はい!10代目はああいうのお好きかなと思ったんで」

並盛付近にいると、どうあってもハルや山本や笹川兄などの関係者に見つかる危険が
あるので、少し遠くに出かけましょうかと獄寺に提案された。
ツナもこの姿をこれ以上知り合いに見られたくなかった。
たとえツナだと分からなくても、あの連中に遭遇すれば揉みくちゃにされるのは必至だ。

しかしこのナリでは映画館に入るのならせいぜいアニメぐらいだろうし、デートと言っても
結局は子供向けになってしまう。
その上、獄寺が子供連れでは、悪目立ちするのは明らかだった。

ごめんね獄寺くん、行けるとこ限られちゃうよね、と済まなさそうに言えば。
どうして謝ったりなさるんですか、と逆に不思議そうな顔をされた。
「お小さいときの10代目とご一緒できるなんて!奇跡みたいな日曜じゃないっすか」

獄寺はニカッと笑い、電車で30分ほどの駅に新しくオープンしたというふれあい動物園に
行きませんか、と誘ってくれた。
そこでは犬や猫や小動物と一緒に遊ぶことができるのだという。
小さなツナが行ってもおかしくなくて、しかも15歳のツナもちゃんと楽しめるプランを彼は
考えてくれたのだろう。

(あーもー大好きかも…)
困ったな、今日は体が小さいから、獄寺くんにぎゅうってできないよ、とツナは思った。

嬉しくてたまらないんだと、誰が見たって分かるその笑顔。
歩き出すときにちゃんと差し出してくれた、大きい手。
その両方が自分だけのものだと実感すると、ツナの頬も自然に緩む。胸が高鳴る。

(そういえば、普段は手を繋いで歩いたりできないもんな、オレたち)
そう考えると、神様がご褒美にくれた休日のような気がして。
小さくなった自分を憂うのも忘れ、一日、獄寺と夢中で遊びまくってしまった。
あれだけはしゃげば、それは眠くなっても当然かもしれない。


「獄寺くん…ありがとう」
「え、なにがですか、10代目」
「オレが小さい頃から、父さんめったに家にいなかったからさ。ああいうとこに、あんまり
行ったことなかったんだ…」

にこ、と腕の中で笑った小さなツナを見て、獄寺は幸福のあまり悶絶しかけた。
自分が彼に尽くすのは当然のことなのに、ツナはいつもお礼を言ってくれる。
ちょっと他人行儀じゃねーかと思いつつも、それが嬉しい。
その結果、獄寺はもっと10倍も100倍も彼を喜ばせたいと、はりきりすぎるのが常だった。

「いえっ!でもそれはちょっと仕方ないっす。お母さまお一人では、10代目の護衛は
難しかったでしょうし」
「…ちょ…護衛ってなに獄寺くん??」
「10代目はこんなにもシブくてお可愛らしいですから、悪いヤツに狙われまくりっすよ。
お母さまは一般の女性ですから、なかなかそこは…」

思うようにいかなかったんでしょうね、と獄寺は独自の防衛理論を展開した。
真面目な表情がムダにかっこいい。

「あのさぁ、そんなわけないじゃん。オレなんか誰も狙わないって」
「お言葉ですが、そんなはずはありません」
「えぇ!?」
「今日だって、人間も犬も猫もウサギもハムスターもみんな10代目を見てました!」

でも今はオレがいるから大丈夫ですよ。どこへだってお連れします!
とニコニコする獄寺に、ツナは何をどこからツッコむべきなのか頭の芯がクラクラした。




そうこうしているうちに、二人はマンションへと到着した。
並盛にこんなお洒落なとこがあったんだ…とツナが最初感心したほどのこの建物に獄寺は
日本に来てからずっと住んでいる。

よく知っている部屋の暗証番号をツナが小さな手で押して、オートロックを解除した。
「ありがとうございます、10代目」
ツナを再びふわりと抱きこんだ獄寺は、幸せ絶好調であった。
ツナが元の姿に戻るまでおまえが面倒見ろ、とリボーンが命じたからである。

以前獄寺がジャンニーニの武器改悪で小さくなったとき、その効果は4日間続いた。
つまりはこれから4日間、小さなツナと二人っきりで過ごせるのだ。
もしかするともっと長いかもしれない。
恋する獄寺の目にリボーンがガチでキューピッドに見えたとしても、それは致し方ないと言う
ものだった。

(10代目はこの姿を人に見られたくないみてーだけど…一緒に買い物に行きてぇな。
 もっとどっか遊びにも……)
(家でまったりすんのもいいし。10代目の見たがってたDVD借りてこねーと)
(最近、料理もちっとは上達したし、なに御馳走すっかな…)
(ていうか、どのぐらいの量を召し上がるんだ?)
(こんなお小さいと危ねーから、風呂もご一緒しないとな。べ・べつにやましい気持ちじゃ
 ねーぞ!)
(それにしてもなんてお可愛らしいんだ10代目!マジで天使だぜ…)


脳内でものすごい長さの独り言を繰り広げていた獄寺だったが、エレベーターホールに
足を踏み入れた瞬間、眉間に深いしわを刻んだ。
大嫌いな人物が、そこに立っていたからである。

獄寺の腕の中にちんまりと収まっていたツナも、いかにも教育ママ!という感じの眼鏡の
中年女性を目にしてひやりとした。
よく見ればそこそこ美人なのだが、ツンケンした雰囲気が全てを台無しにしている。
(うわ、またあの人だ。オレ苦手だよ〜)

並中のツナたちと同じ学年に彼女の息子がいるのだが、獄寺が来るまでは、常に学年
トップの成績を維持していた。
しかしそれももはや過去の話。

ろくに勉強している様子もない獄寺だが、中学のテストなど何ということはないらしく、筆記
試験はほぼ満点で通している。
だからこそ、学校でのさんざんな振る舞いも大目に見られているのだ。
彼の成績がイマイチなのは、やけに前衛的なセンスを発揮する美術ぐらいだった。

しかし獄寺の出現にプレッシャーを感じたのか、彼女の息子はそれ以来、せいぜい学年で
15位以内といった成績に凋落してしまっていた。
いや、万年低空飛行のツナから見れば、学年15位以内ってどうやったらなれるの!?
という感じなのだが。

それ以来、このおばさんは何かと言えば獄寺に文句をつけまくり、その矛先はよく遊びに
来るツナや山本にまで及んだ。
ジロリと睨んで無視する獄寺や、アハハと笑って飄々とかわす山本はまだいい。
しかしツナは、獄寺のことをとやかく言われてもビクビクと怯えるばかりで、ロクに彼を弁護
できたことがない自分を情けなく思っていたのだった。


「見かけない子ねぇ、どこから連れてきたのかしら」
今にも悪態をつきそうな獄寺と、縮こまるツナをじろじろ見比べて、さっそく険のある言葉が
飛んできた。

しかしツナはその瞬間、よく考えるとこれってヤバイかも!?と思い至った。
獄寺が子供連れなんて確かに怪しすぎる。
疑われるだけならまだしも、万一、通報でもされたらどうすればいいのか。
自分がどこの子供かなんて、誰も証明してくれない。
下手をしたら、獄寺は誘拐犯への道をまっしぐらだ。

まあ、それは極端すぎる考えではあったが、ここは言葉巧みにごまかさないと大変なことに
なるかもしれなかった。
『うるせえなババア、すっこんでろ!』
ぐらいのことを言いかけたであろう獄寺の口を、ツナは小さな両手で押さえつけた。
じゅうらいめ〜とかなんとかくぐもった声が聞こえたが、それどころではない。

「隼人おにいちゃんは、オ…ぼくの、いとこなんだよ!」
とっさに言ってしまって、早くもツナは後悔した。
自分と獄寺が血縁というのは、ちょっと無理がありすぎる。

「あら、そうなの。全然似てないわねぇ」
と、当然ながらすぐさまツッコまれた。背中を嫌な汗が流れる。
「どっちかっていうと、よく獄寺さんとこに来てる気の弱そうな子に似てるじゃないの」

見抜かれてるよ!とツナは焦った。
このおばさんが、自分の事までそんなによく見ていたとは予想外だった。
しかしここは子供の特権で、分からないフリをするしかない。

「隼人おにいちゃんは、よんぶんのさん、イタリア人だから、似てないんだと思う」と、ツナは
なるべく子供っぽいたどたどしい口調で言ってみた。
「髪の毛も、目のいろも、みんなと違うもん」


まあぁ、そうなの!?と眼鏡を押し上げながら、改めて獄寺をじろじろ見るおばさんにいい
加減カンベンしてよ〜とツナは思っていたのだが。
そのツナを抱っこしている獄寺はといえば、感激のあまり、その場にうずくまって号泣しそう
になっていた。

獄寺はツナがこのおばさんを苦手としているのを知っていた。
それはそうだろう。
あんなに優しくて笑顔が愛らしいお母さまをお持ちの10代目だ。
なにかと他人に噛みついてくるこんな恐ろしい生物など、ご覧になったことがなかったのだ。
びっくりなさるに決まっている。

(なのに10代目は…)
(こんなにお小さいのに、オレをかばってくださって…)

くぅっ…!と獄寺は心中でむせび泣いた。
小さいといっても中身は普段のツナなのだが、そんなことは獄寺の思考の片隅にも浮かんで
こなかった。

こんなクソババアなど蹴散らすのは簡単だが、それでは10代目の尊いおこころざしを無駄に
してしまう。
だから獄寺は何も言わずに片手でツナの頭をそうっと撫でた。
それに気づいたツナが、「なあに?隼人おにいちゃん」といたずらっぽく笑う。
その愛らしさと、隼人おにいちゃん呼びに、獄寺がキュン死しそうになった瞬間。

「じゃあそれ本物だったのね。不良っぽい身なりをしてるから、絶対髪を染めたりカラー
コンタクトをしてると思ってたわよ」
と、またも感じの悪さ全開で、相手が言いつのってきた。

何かもうとにかく、獄寺を傷つけたい嫌な思いをさせたいという意図が丸分かりで。
だが、ツナを腕の中に抱えている今、獄寺はそれに不思議と腹がたたなかった。

大人のくせにバカなヤツ、と思う。
この人さえ傍にいれば自分は決して傷つかない。


だが反対にツナの方は、いつになくムッとしておばさんを睨みつけた。
日本人とはまた違う美しい色あいの獄寺の髪と瞳が、ツナは大好きだった。
染めるだのカラーコンタクトだの、そんな安っぽいものといっしょくたにされては、黙っていら
れなかった。

「おばさん、本物かニセモノかも分かんないの」
「なんですって!?」
「大人なのに、ほんとに綺麗なものぐらいちゃんと分かんないの」

大きな琥珀色の瞳に静かに見据えられて、相手が口を開けたまま動けなくなるのを獄寺は
見ていた。

なんという、威圧感。
体は小さくなっていても、獄寺が腕に抱いているのはまぎれもなくブラッドオブボンゴレだった。
一般人が相手にできるような存在ではない。

彼に仕えている自分を思うと、誇りで胸がいっぱいに満たされた。
自然と笑みがこぼれていた。



「もう行きましょうか」
「うん。あ、獄寺くん、エレベーター来てるよ」

小声でツナがそう告げたが、軽く首を振って獄寺は非常階段のドアを押し開け、ゆっくりと
した足取りで上がり始める。

「ご、ごめんね。オレつい…」
「どうして謝るんです?10代目はオレを守ってくださったのに」
「でも、また獄寺くんが嫌なこと言われちゃうかも…」
「あーそんなの大丈夫っす。オレもうすぐ引っ越しますから」
「あ、そうなんだ引っ越し……って、えぇ!?引っ越すの!?」

オレ聞いてないよ〜?とむくれるツナに、10代目には今日お話ししようと思ってました!と
笑顔で獄寺が答える。
もう、びっくりさせないでよ、とツナは獄寺の肩にぎゅっとしがみついた。


そのまま二人はいやなことなどすっかり忘れ、楽しい気持ちをあっという間に取り戻した。
今日は帰らなくてもいいし、明日もあさっても一緒のままかもしれない。
こんなのは初めてのことで。
まだまだ楽しめる時間はいっぱいあるのだ。味わわないと損をする。

笑い声が狭い非常階段に響いた。
大好きな人と二人でいる。
ただそれだけのことが、ツナと獄寺をとてもとても幸福にした。




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