ツナは自分専用の白いふかふかのクッションに身を沈め、抱えこんだおもちゃのピアノを
人差し指でポーンと鳴らした。
ドレミ、ドレミ♪とチューリップの歌を弾く。

これは以前、獄寺が気まぐれに買ってきたものだ。
おもちゃにしては、とてもきれいな音色を響かせる。
体が小さくなった今のツナには、このピアノはあつらえたようにちょうどいい大きさだった。


知り合った頃から獄寺の部屋はシンプルで趣味がよく、自分の雑然とした部屋と比べて
羨ましいような気持ちになったものだが。

ある意味では、ここはひどく殺風景だった
暮していくのに必要最低限のものしか見当たらないような部屋だった。

だが1年がたち2年が過ぎるうちに、この場所にもいくらかの温かみが添えられた。
付き合うようになって、獄寺がツナ専用の物を色々買い揃えたせいだと思う。
スリッパや部屋着。タオルに歯ブラシ。マグカップや食器。

モノトーンが多い獄寺の私物と違って、ツナの物は明るくきれいな色が多かった。
家ではない場所に 『自分の物』 があるなんて初めてで、くすぐったくも嬉しかったものだ。


そういえばずっと前、山本がツナのマグカップを見て、『獄寺、オレのも置いてくんね?』と
ねだったことがあった。

その時は 『図々しいこと言ってんじゃねーぞ、野球バカ!10代目は特別なんだよ』 と
相手にしなかった獄寺だったが。
いつのまにやら、山本の好きそうな青いかっこいいマグが追加されていた。

獄寺は決してそれを山本専用だとは言わなかったが、出されるのはいつも同じだったし
山本もそれを受け取るときはちょっと嬉しそうな顔をする。

(なんだかんだ言って、仲いいんだよねー 獄寺くんと山本はさ)
ツナは小さな頬をぷうっと膨らませた。
山本にヤキモチやくなんて馬鹿げてるとは思うのだが、好きなんだからしょうがない。

たまにだが、シャマルが女から逃げようとこの部屋に転がり込んでいる時もある。
それにだってツナはちょっとだけもやもやする。


獄寺が、ツナ以外の人間にも心を開くのはいい事なんだと分かっていた。
それに彼はありあまるほどの愛情を自分に注いでくれる。
不安になる理由なんかどこにもないはずで。

それでも不安になるのは自分に問題があるんだと、ツナは小さくため息をついた。
(オレが、いつまでたっても自分に自信がないからなんだよな…)




ツナは立ち上がるとぺたぺたと音をたててキッチンのドアに歩み寄った。
そこでは獄寺が懸命に料理をしている真っ最中であった。
黒いエプロンを腰に巻いて、以前よりは少し手慣れた様子でフライパンを動かしている。

「10代目!お腹すいたっスよね。もう少しだけ待っててください」
「ううん、オレ手伝えなくてごめんね、獄寺くん」
「今日の10代目はお小さいですから、ちょっと危ないっす。ケガしないでくださいね」

ツナはよいしょよいしょと、キッチンテーブルの椅子によじ登ってみた。
テーブルの上のサラダボウルには、チキンとセロリとレタスとラディッシュのサラダが盛って
ある。
あとパンが2種類。バケットとレーズンの入ったの。
お鍋に入っているのは何か聞くと、オニオンスープですよと言われた。

そしてフライパンの中にあったエビやマッシュルームの入ったホワイトソースに、茹でてあった
マカロニを放り込み、軽く混ぜ合わせる。

「えびグラタン?オレ大好き」
「お母さまに作り方を教わったんすよ。あとはチーズ乗っけて焼くだけですから」
「おいしそー…」

獄寺がグラタン皿に中身を盛り、手早く上からチーズとパン粉を散らすのをツナは感心
しながら見守っていた。
ホント器用だよなーと思う。


育ちのいい獄寺は、食べ物を自分で作るなんて今まで考えたこともなかったようだ。
きっと専属のコックとかがお城にいたんだろうな、とツナは想像する。
日本に来た当時は、山本の父の店でツナを手伝おうとして大失敗していたのに。

だんだんと、お湯を沸かすぐらいにしか使われていなかったこのキッチンに料理の道具が
増えてきて。
今は包丁も何種類もあるし、オーブンだって立派なのがある。
そして彼はひどく幸せそうな顔で、ツナにおいしい物を作ってくれるようになった。
それもささやかな変化のひとつだ。



「ところで10代目、オレ、明日米を買ってくるべきじゃねーかと思うんスけど」
「はあ?お米??」

きょとん、とした小さなツナにハートを鷲掴みにされつつも、獄寺はオーブンにグラタンを
入れ、時間設定をした。
まだまだ獄寺の理想にはほど遠いけれど、いちおう晩餐の準備オッケーだ。

「10代目はここ何日か滞在してくださるかもしれませんし、3食ともパンはキツイんじゃ
ねーかと思って」
「うーん、どうかなぁ。そう言われるとそうかも…でも、残ったら獄寺くん困るよね」
「そうでもないっす。日本食には慣れましたから、食いますよ」

確かに最初はご飯とおかずという形式に違和感を感じたものだったが、ツナの家の
晩御飯によく誘われるので、今ではなんともない。

(オレんとこに米が残る心配までしてくださるなんて、なんて思いやりがおありなんだ!)
獄寺は心の中で感動の涙を流した。
むしろ自分が、10代目は米の飯の方がいいと早く気づくべきだったのだ。

(こんなことじゃ右腕失格だぜ。もっと10代目のお心に添わねーとな!)
ボンゴレの晴の守護者にも負けず劣らずの暑苦しさで誓いをたてた獄寺に、ツナは
ちょっと考え込むように首をかしげた。

「獄寺くん…あれがないよ。炊飯器」
「スイハンキ…ってなんですか、10代目」
「えーと、つまりご飯を炊く機械だよ。うちの台所で見たことなかったっけ?」

獄寺は、ムダに素晴らしい造りの記憶力をフル回転させた。
確かにツナの母が丸っこい機械のフタをばこん!と開けると、もわーっと湯気がたって中に
白い飯が入っていた。
10年後の世界のアジトでは女性陣が料理をしていたが、あそこでも似たようなものを
見ている。

「ああ、あのものすごくデカイ白い入れもんっすね。あれ、飯の保温機なのかと思って
ました」
あれで米が炊けるんですか、文明の利器っすね、と獄寺は一人でウンウン頷く。
10代目は料理をなさらないのに、何でもよくご存知でシブイぜ!!と思った。

「いやいやいや、ウチのは特別!!うちは人数が多いからあんなにおっきいんだよ。
たぶん、色んなサイズのが売ってる…んだと思う」

居候が増え、獄寺や山本もたまに晩御飯のお相伴にあずかるので、沢田家の炊飯器
は年々巨大化している。
学校の給食室にあるやつみたいだよ、とツナが思うほどだ。
あんなサイズの物を獄寺が買ってきたら大変だ。


「そうなんすか。じゃあ、明日はその炊飯器を二人で買いに行きましょう、10代目!」
ツナを買い物に引っぱり出す口実ができた獄寺は、ウキウキした。
運命の女神は、今オレに微笑みっぱなしだぜと思う。

だが運命の女神よりも目の前のツナに微笑みかけてほしい獄寺は、小さな主に向けて
目に見えない尻尾をパタパタと振った。

その様子を椅子にちょこんと座って見上げたツナは、吹きだしそうになる。
散歩に連れていってほしい大型犬みたいだ。
見た目はかっこいい獄寺だが、こういう時はかわいいとしか言いようがない。

「うん、いいよー でも明日って月曜なんだけど。獄寺くん、学校は…」
「10代目のおられない学校に用事はありません!」
「そうだよね…うん、分かってたんだけどね……」
ちょっと遠い目になったツナとはうらはらに、獄寺は夢見るような顔で天を仰いだ。

「二人で家電を買いに行くなんて、新婚さんみたいっすね!!」

(照れずに言った、この人ー!!)
ヒイィ…と、ツナは一人で勝手に恐れ入った。
本当はちょっとだけ、自分もそんなことを考えたわけだが。
それを口に出して言える獄寺にイタリアの血のものすごさを感じる。半端ない。

まあ、何かある度に男の自分に巨大な薔薇の花束を捧げてくる獄寺を、今さら矯正
できる気はしなかったが。
オレにもイタリア人の血が流れてるなんて一生実感できそうにないよ…と、精神面では
骨の髄まで大和民族のツナはしみじみと思うのであった。





「グランドピアノを買ったから引っ越すーーっ!!?」
「ハイ、あ…10代目、じっとしててください」

ベッドの上に向かい合って座り、獄寺は細心の注意を払って温度調節をしたドライヤーで
ツナの髪を乾かしていた。

もともと柔らかい髪質なのだが、子供化している今は、赤ん坊のように細い猫っ毛で
傷めてしまわないか心配でならない。
しかし今はドライヤーのマイナスイオン効果を信じるしかなかった。

(むしろ10代目からマイナスイオンが出まくりっつーか…)
小さなツナは、獄寺の買ってきた色とりどりのお星さま模様のパジャマを着ていた。
ふんわりしたコットンキルトで、肌触りも良さそうだ。

昼間に着せていた真っ白いシルクのダウンジャケットも、超似合っていた。
素材から厳選して買い物した甲斐があったぜ!と獄寺は力強く自分を褒めてやった。


「学校の音楽室でたまに弾くだけじゃ腕が落ちるし、10代目のお好きな曲も練習したい
と思ってたんすよ」
「いやあの、それだけで買わなくても、ていうかそんでもって引っ越しー!?」
「そうっす。ここは防音がちゃんとしてないし、狭いんで」
「いや、狭いって獄寺くん、ここ2LDKなんですけど……」

もしかして部屋自体が狭いということなのか、とツナは考えこんだ。
大きな城に住んでいた獄寺の感覚では、このファミリー向けの立派なマンションですら
ウサギ小屋みたいなもんなのかもしれない。
マンションを買ったとか言い出さなかっただけマシと思おう…とひそかに心に決める。


「遠くに行ったり、しないよね?」
「もちろんです!オレが10代目のお傍を離れるわけがないでしょう」

髪を梳く優しい指先と、ちょうどいいかんじの温風に、ツナは幸せな気持ちに浸る。
そういえば彼に髪を乾かしてもらうと、次の朝は寝ぐせなどついていなくて、それもなんだか
嬉しいことのひとつだった。

「獄寺くんがピアノじょうずなのは、きっとお母さんに似たんだよ…」
「そうでしょうか…そうならいいと思いますが」
「きっと、そうだよ」

ツナはふ…と、ベッド脇の小さなテーブルの方へ視線を浮かせた。
そこには、シルバーの細工が施されたきれいな写真立てが乗っている。
獄寺の誕生日に、ツナがお小遣いをためてプレゼントしたものだ。

右側には獄寺とツナが仲良さげに笑う写真が。
左側には、ピアノをバックに微笑む、少女のような面差しの女性の写真があった。

その美しさに胸のつまる思いがするのは、彼女が若くして命を散らしたせいか。
それとも彼女の愛しい小さな男の子が、長く寂しい年月を過ごしたからなのだろうか。



「…オレ、今みたいな小さい頃に獄寺くんと会えてたらよかったな」
「10代目?」
「最初っからその…仲良くなれたかどうか分かんないけど、そしたら寂しくなかったし」

獄寺はとまどったような表情を浮かべ、ドライヤーを止めると、かたわらに投げ出した。
少し悲しげに俯いたツナの頬へと、壊れものに触れるように指先を伸ばす。
「10代目は…10代目もお寂しかったんですか…?」

その問いかけがあまりに優しいものだったから、ツナはくしゃりと表情をゆがめた。
油断していると、呆気なく泣いてしまいそうだ。
だがやがて、決心したように少しだけ距離を縮めて、彼の目をまっすぐに見上げた。

びっくりするぐらい澄んだ、森の湖みたいな灰碧色。
そこには、ちいさなちいさな自分の姿が映っていた……


「オレさ、小さい頃よくいじめられて…友達もいなかった」
「10代目…」
「あ、それはオレがダメツナだからなんだけど!体もちっちゃかったし、何やっても下手くそ
だったから、しょうがないんだけど」

そこまで言うと瞼の裏がじわっと熱くなり、ツナはあわてて何度も瞬きをした。
誰にも好いてもらえなかった記憶。 それはすごくかなしい。
大きくなってどんなに楽しいことがあっても、忘れられないぐらい悲しかった。

「だからもし…獄寺くんが一緒だったら、楽しかったかなぁとか、思っちゃってさ…」
力なくつぶやく自分を、獄寺は黙って見つめている。
その表情から彼の気持ちが読み取れなくて、ツナは急に全部が怖くなった。

(呆れたのかな。それとも、可哀想って思われた…?)
きっとダメなんだ。
小さい時の自分を、獄寺が相手にしてくれたわけがない。

バカなことを言ってしまったと後悔に心が重くなった。
獄寺は小さい頃からきれいで賢かっただろうし、自分とでは月とスッポンだ。



「失礼します、10代目!!」
えっ?と思う暇もなかった。
気がつけば、ツナは軽々と抱きあげられていた。

膝の上にツナをのっけると、獄寺は大事そうに両腕にくるみこんできた。
滲んだ涙もキスでぬぐってくれて、落ち着かせるように背中をとんとんとたたいている。
ガキなんか大嫌いだと日頃から豪語しているくせに、その仕草はツナがびっくりするほど
手慣れたものだった。

「あなたにもっと早く出会えていたらなんて、今までに何百回も考えました」
「獄寺くん…」

「でもオレは、10代目も同じことを願ってくださったのが嬉しいです」
「獄寺くん…も…?」
「ハイ!オレも年の近い子供なんか周囲にいなかったですし、10代目と一緒に遊べたら
毎日すげー楽しかったのにって思うんで」

間近でにかーっと笑いかけられると、胸のつかえが溶け出した。
嘘みたいな速さで消えてゆく、巣食っていた悲しみ。
雲が切れて、青空がのぞいた瞬間みたいに、彼は明るいまぶしいものに見えた。

(獄寺くんは、オレに嘘をつかない)
(だから、言ってることは全部ほんとに思ってること)

緊張が一気に解けたツナは、ほうっ…と安堵のこもった息をついた。
甘えるように獄寺の腕に身を寄せると、ゆるゆると髪を撫でてくれる。
指にはまったいくつもの大ぶりの指輪の感触までもが心地よくて。
臆病に縮こまるばかりだった心が、大丈夫とゆっくり緩んでゆくのが感じられた。



だが一方で獄寺は、眉間にしわを刻み苦渋の表情を浮かべて、ツナをいじめたという
仮想敵への報復を考え始めた。
オレの10代目を泣かせるなんざ、どこの身の程知らず野郎だ!?と歯ぎしりする。

「10代目を悲しませた奴らは、あなたがあんまりシブくてお可愛らしいから、ちょっかい
かけてきたんスね」
「いやいや、それはない!ありえないから獄寺くん!なにその断定っぷり!?」

「まあ、10代目の気をひきたい一般人の気持ちは、百万歩ほど譲ればなんとか理解
できなくもねーっすけど」
「んなー!!?」
「オレさえいれば、そんな不逞の輩 2秒でチリに変えてやったってのに…お役にたてず
申し訳ありません!!無念っす…」

(土下座キター!!!)
(全然 聞いてないんですけど、この人…)
(てか、オレも一般人だし!きみの頭ん中のオレの立ち位置どうなってんのー!?)


ペコペコしまくる獄寺の何をどこからツッコむべきか迷ううちに、「10年バズーカで過去
に行けねーか今度ジャンニーニに聞いてみます!」などと言い出され慌てた。

(どこまで鉄砲玉なんだよ、きみはー!!)
「ダメだから!ジャンニーニができるって言ってもダメだよ、ぜったい!!」
「なんでっスか、10代目ぇ…」

しょんぼりする獄寺に向けて、ツナは珍しくビシッと言い渡した。
本当にできるとは思えないが、あのバズーカとジャンニーニを組み合わせたら何が起きるか
分かったものじゃない。

幼い頃の自分はそれでなくても臆病だった。
外人っぽい見てくれの獄寺が突然現れて、目の前でいじめっ子を吹っ飛ばしたりしたら
確実にトラウマになる自信ありだ。
別の意味で引きこもりになりそうだよ…とツナはヘンな汗をかきまくった。

それにもし獄寺が戻ってこられなくなったりしたらどうすればいいのだ。
それだけは絶対どうあっても我慢できない。



「じゃあとにかく、10代目はイヤなことは早く忘れちまってください」
「うーん…うん。そうだね。なるべくそうするよ?」

土下座体勢から再びちゃっかりとツナを膝に抱っこした獄寺は、10代目すげぇあった
けーなーと感動する。
子供の体温は高いから、くっついているとほかほかと眠気さえ誘われそうだ。

だが、獄寺はやはり幼いツナの憂い顔が気になっていた。
それだけはどうにかしたかった。

よく分からないが、10代目は小さい頃の自分がお嫌いらしい。
だから今朝も泣いておられたのだ。たぶんそうなんだと思う。


獄寺から見れば、それはツナの勘違いというか思い込みであって、10代目はどんな
お姿でもシブく可愛く素晴らしいわけだが。
日本人の謙譲の美徳の性質か、彼は自分を過小評価するのが常だ。

自己主張の激しい国で育った獄寺には、その慎み深さがまた儚くも美しく感じられて
ぐっとくるのも事実だが。
しかしそれも度を超すと、彼を必要もなく苦しめているだけに見えるのだ。


「10代目。今日はその…オレと遊びに行って ちょっとぐらい楽しかったっすか?」
「うん!すごくすごく楽しかったよ」
「そっすか!よかった。じゃあ、これからはそれを覚えててくださいませんか」

膝の上のツナとこつんと額を合わせて、獄寺は静かな口調で告げてきた。
イヤなことは忘れてください。
思い出すのは、楽しかったことばっかがいいです。
オレの選んだ服を着て、手ぇ繋いで動物園行って…ちっこい犬とか猫をさわって…

笑ってる10代目はスゲー可愛かったです。
そんなの当然っすけど、世界一可愛かったです…天使みたいでした…


そんなことをささやく低い声は、ただ優しくて。
なんでこの人は、こんなにオレのことばかり考えてくれるんだろ、とツナは胸がつまる思い
がした。

誰にも好かれなかった過去なんか、もうとっくに埋まっていたんだと気づく。
グズグズと、そんなことに傷ついている自分はバカだ。
こんなに思われているくせに。

獄寺の言動はいつもめちゃくちゃだし、困らされるのもしょっちゅうだけど。
(獄寺くんが、こうして言葉にしてくれるから)

好かれているのも、大事にされているのも実感できた。
少なくとも、彼にとっての自分は意味のあるものなんだと思えるようになった。

弱い自分に寄り添ってくれる、その心。
それは、ツナがどんな姿をしていても、どんな悲しみにさらされている瞬間にも、決して
決して変わらぬものだった。



ツナは今度こそ心の底からにっこりすると、獄寺の銀色の髪を小さい手でちょいちょいっ
と引っぱってみた。

「10代目?」
「ありがとう。獄寺くんは、ほんとにまっすぐだよね」
「そんなことは…」
「オレはね、きみのそういうところが好きだよ。大好きなんだ」

いつもは照れくさくてなかなか言えない言葉が、口からするりとこぼれ出た。
小さくなってるせいかなーと、また少し笑う。


目をまるくした ひどく無防備な顔が、髪を引っぱった分だけ近くにあって。
恋する覚悟を試されている気がした。

好きなら証明して見せろ、と誰かにそそのかされているようで。
ツナは、獄寺の膝の上で伸びあがり首に抱きつくと、遠慮なく唇を押しあてた。

なんだかもう、好きな人とせっかく二人きりのくせに悩むのが馬鹿らしい。
体がちっちゃいとか大きいとかも どうでもいい。
頭の中がわーっとなる。止まらない。
そういう衝動が、きっと一番正しい。

(ここは、キスするとこなんじゃないの?)


「……なんかスゲーいけねーことしてる気がするんスけど…」
「オレがいいんだからいいと思うよ」
「10代目、それ言い訳になってないっす…」
「はは、でもほんと、言い訳なんかいらないんだけど」

そんなもんっすか…?と言いながら、獄寺からもそっとツナの唇をついばんでくる。
それは、温もりを半分こにするような子供っぽい接触で。
でも互いの気持ちならば伝わった。それだけはちゃんと分かっていた。

あー幸せだなーと、二人ともが心の中でつぶやいた瞬間だった。



「え? うわ、ちょ…これー!!?」
「10代目!?」

ツナの体からよく見知った濃い煙がモクモクとたち始める。
慌てる二人をよそに煙はどんどん深くなり、小さなツナの姿を急速に覆い隠した。

そして、ボフン!!!と予想に違わぬ派手な破裂音がした。
一瞬完全にツナの姿を煙の中に見失った獄寺は肝を冷やしたが、すぐに膝の上に
先ほどとは比べものにならない重さを抱えていると気づく。

なくさないように、必死で腕につかまえた。
年の割に華奢ではあるけれど、先ほどとは違う、伸びやかな身体。
獄寺の膝に乗り上げて、びっくりした顔をしているのは、紛れもなく15歳のツナだった。


「10代目ー!!」
「うわ、戻ったよ…ちゃんと服着ててよかったー」

何がどうなったのかよく分らないが、ツナは今朝10年バズーカの被害にあう直前の
服装のままだった。

獄寺くんに買ってもらったパジャマ、どこ行っちゃったんだろ…と残念に思う。
どっちにしてももう着られないが、本当は大事にとっておきたかったのに。
いじられておかしくなった10年バズーカには、道理が通用しないから本当に困る。


「じゅうだいめ、元に戻られてよかったっす!じゅうだいめ」
「うんうん」
「でも小さい10代目とちょっとしかご一緒できませんでした。もうちょっとぐらい一緒が
よかったです…」
「あーそんなことで泣かないの、きみは。どっちでもおんなじだから」

ぎゅうぎゅう抱きついてくる獄寺の髪を撫でながら、ほんとおんなじなんだよ、とツナは
心でつぶやく。
変わらずに想う。きみを愛しく思う。
きみがそうだったように、オレもそうなんだ。それだけはちゃんと誓えるよ。


「それにしても何でこんな早く戻っちまったんスかね」
「獄寺くんの時は4日ぐらいかかったのにね。お約束ってことかなあ」
「お約束、っすか…?」
「うん、童話とかだとキスで解けるだろ?悪い魔法って」

からかうような笑顔でツナはそう言ってみたが、獄寺には通用しなかった。
彼は激しく盛り上がった様子で 『ああ、知ってます。二人の愛が困難に打ち勝つって
やつですよね!』 と言ってのけ、ツナを心の底から脱力させる。

「うんまあ…そういうことにしといてもいいけどさ…」
「でも悪い魔法じゃなかったっスよ。いい魔法です」
「そうだね。オレも獄寺くんも楽しかったし、いい魔法だったよね」


目を閉じて、抱きつく獄寺の身体をつよく抱き返しながら、ツナは思う。
アクシデントもたまにはいいか、と。

ツナが幼い自分を思い出すときは、きっと今日のことを考えるようになるし。
獄寺が思い出してくれる小さなツナは、きっと笑顔なんだろう。
こんな幸せなことはない。



「獄寺くん。戻っちゃったけど、明日やっぱり二人で炊飯器買いに行こっか」
「行きます、行きます、10代目!!」

明日一日ぐらい学校サボッても、リボーンにバレずに済むかなあと思う。
かなり命懸けだが、試してみる価値はありそうだ。

今度こそは自分が獄寺を喜ばせたいと、ツナが慣れない画策をするうちに。
楽しかった二人の休日は、気付かれないままに その日付けを静かに変えていた。