「……っ、あ、あぁ…」

 

自分の唇から漏れた艶めかしい声に、アキラは思わず歯をくいしばった。

だが堪えた反動で、今度は自分の目がじわりと潤んでしまったのを否応なく知覚させられる。

 

どうしようもないような快感が、身体の中でぐるぐる渦を巻いていた。

出口を塞げばそれは激しさを増して、アキラをさらに苛むだけだった。

 

日焼けをしない引き締まった身体からは、もはや衣類は全て剥ぎ取られてしまっていた。

先刻、男の手で次々と脱がされた物はベッドの下にくしゃくしゃに丸まっている。

それがひどくいやらしいように見えるのは、頭の中が喜悦に支配されてしまっているからなのだろうか。


意識はとうの昔に霞がかかったような状態だった。


大きく広げた状態で投げ出された自分の脚が、堪え切れない様子でビクビクと痙攣するのが、視界に入っていたたまれない。

だが快楽を貪ろうとする身体の主張は激しく、理性など簡単に手放そうとしている。

 

 

 

素直になれよ、とでも言いたげに、男の大きな手がアキラの屹立を根元から扱いた。

ごつごつと節の高い指が、こんな時だけは器用に絡みつく。

指一本一本の動きがリアルに感じ取れるほどで、思わず眼をぎゅっと閉じてその感覚を追った。

 

(もっと…そこじゃなくて、先の方…いつもの……)

 

熱に浮かされたアキラの願いを、まるで聞き届けたかのようなタイミングで。

指先が、くびれの部分をを丁寧になぞった。

何度も、何度も。

アキラの好きな場所なら知り尽くしていると言うように。

 

瞬間、先端からトロリと蜜が溢れ出た。

相手の指を濡らす事で、感じているのだと知らしめてしまう。

 

「は…ぁ……」

深く甘いため息が漏れた。

 

 

 

安堵と悦びの混じりあったそれは、背後から抱きしめてくれる男の耳にも心地よく響いたらしい。

まるでご褒美のように、感じやすい先端を指の腹でクルクルと円を描きながら愛撫してくれる。

その度に透明なぬめりは量を増し、アキラの昂ぶりと源泉の指の間で卑猥な水音をたて始めた。


「……っん、あぁ…あ、……ぁ」

 

 

下肢が急激に熱を孕んだ。自分の身体がうっすらと赤みを帯びてゆくのが見える。

もう全身しっとりと汗ばんでいて、どんな状態か隠しようもない。

恥ずかしくて仕方がないくせに、それにすら煽られてゆく。

 

 

気持ちがよくて、たまらない。

 

ただ抱きしめられているだけでも、充分イイのだろうと思う時もある。

だが自分はこんな行為を、身体を開く事を、この男にだけは許していく。

 

 

理由なんか知らない。

もしあるとしたら、それはただ1ミリでも相手に近づきたいという本能なのかもしれなかった。

 

(理屈じゃないんだって…あんた、昔言ったよな……)

 

自分の中でネジが数本飛んでしまったかのように、

いつしかアキラは蠢く指に合わせてゆるく腰を揺らしていた。

 

 

「やーらしいな、アキラ」

くすりと、耳元で男が笑った。

あまりにも貪欲な自分に呆れたかと一瞬ひやりとしたが、どうやら源泉は上機嫌のようだ。

揶揄された方は嬉しくも何ともなく、背後から覗き込まれるとプイと顔を逸らしてしまったが。

 

 

「あんたもう…いい加減…脱げ、よ……っ」

「ん〜アキラはそんなにオイチャンの裸が見たいのか?」

「エロオヤジ…いっぺん死ね…っ…」

「オヤジはみんなエロいもんだ。おかげでアキラもこーんないい思いしてるんだろうが」

 

 

ボタンひとつ緩めないまま背後からアキラを抱き込んだ源泉は、余裕綽々だった。

わざとクチュクチュと音をたてながら、快感に震えるアキラの性器を強弱をつけて弄んでいる。

同時に、芯をもってしまった胸の突起にも濡れた指が悪戯をしかけた。

 

感じやすい部分を同時にいじられて、アキラは自分のものとは思えないような高い声をあげた。

 

「うぁ……あ、あ、やめ…」

「んな可愛い声で啼かれて、止められるか」

 

 

………アキラ、と名を呼びながら。

時々、唇を首筋に押し当て、低い声がいやらしい事を囁く。

 

吐息の熱さと、当たっている源泉自身の感触で、この男も欲情していると分かるのに。

間断なく与えられる行為はどれももどかしく、アキラを煽るばかりだ。

 

身体はこんなに火照っていても、頂きに登り詰めるには何かが決定的に足りなかった。

 

 

だが、これほどまでに焦らされてもなお、アキラは腹を立てる気になれない。

身体を這い回る大きな手の動きは、丁寧で愛しげで。

快感ではない何かに、蒼い眼が潤んでしまう。

大きく大きく波打っているのは、身体も心も同じことだった。

 

この男に、揺らされる。

 

(オッサンが家を空けるなんて珍しくもないのに…)

帰宅した源泉を迎えた時、自分はいったいどんな顔をしていたのだろう。

 

普通に「お帰り」と言ったつもりだったが、男は眉を寄せると、抵抗するアキラを無言でベッドにひきずり込んだ。

 

たくさん、たくさんキスをしてくれた。

そのまま長い間、緩やかな波のようにアキラの身体を慈しんでいる。

 

 

…寂しかったのか、と。

ここに居るから、たくさん可愛がってやるからな、と言われているようで。

 

それに素直に応えられない自分の性格は恨めしかったが、この男はそんな事さえもお見通しなのだろうと思う。

 

 

 

 

「こんなにヌルヌルにして…お前、俺がいない間、自分で抜かなかったのか?」

 

いやにのんびりした口調で言われたせいで、一瞬意味が分からなかった。

だが得心させるように、源泉の手が濡れた昂ぶりを音をたてて扱くのがイヤでも目に入ってくる。

 

 

……自分一人で?源泉の事を考えながら?

途端に、カッと羞恥が身を灼いた。瞼の裏が赤く染まる。

 

ずっと自分は性に対して淡白な方だと思っていた。余程の欲求にかられないと自分で慰める事もしなかった。

この男と暮らすようになってからは……

そんな必要もなく、渇く間もないほど肌を重ねているのだ。

 

たった3日離れていただけで、源泉を待ちわびるような自分の身体。

その淫蕩さを指摘されたようで、消え入りたいほどの恥ずかしさに襲われた。

 

 

(ヌルヌルとか…っ、言うなよ、オヤジ!)

信じられない、と思いながら、アキラは初めて源泉の腕の中で暴れ出した。

だが、そのせいで源泉の手が不規則にアキラ自身に当たり、一気に射精感が込み上げてしまう。

 

「………っ!うぁ、あぁ……ん」

「ほら、暴れるからだろうが。いっぱい溢れてきたなぁ…気持ちよさそうにして」

 

言われた事が実際にそうだと知ってはいるが、はいそうですかと認められるはずもない。

言葉でなぶられる程に、アキラはイヤイヤと頭を振った。

源泉の肩口で、アキラの髪がぱさぱさと音をたてる。

 

 

 

「もっとして、イカせて、って言ってみな、アキラ」

さすがにアキラが限界だと悟ったのだろう。

源泉はアキラの耳朶を舌で舐めながら、ひどく艶のある声でとんでもない要求をしてきた。

 

「なに…言ってんだ…ぜったい……」

熱くてぬめった舌の感触で、腰がずんと重くなった。

かと思えば、口腔内に耳朶を含まれ、舐め回され、軽く歯を立てられる。

その感覚は、源泉に性器を含まれた時にひどく似通っていて、下肢にダイレクトに響いた。

 

「ふぁ…あぁ……あっ……!」

「まったくお前さんも妙なとこ意固地だな。気持ちよくなりたいんだろうが」

「うるさ…い……」

 

 

可愛くない、と思われただろうか。

素直に快楽を求めれば、源泉が喜ぶと分かっているが、今さらそんな性格になれるはずもない。

 

……もっと、なんて。

(もうとっくに、最後のひとかけらまで、こんなに欲しがってるのにか…?)

 

言えない。もっと欲しいなんて、そんな言葉は。

(オッサンが…なくなっちまうだろうが……)

 

自分がどれほど貪欲なのか。

この胸を焦がすモノを見せつけたら、この男はどんな顔をするのだろうか。

 

 

 

そんなアキラの逡巡を見透かしたように、濡れた耳朶を掠めて、吐息だけで源泉が笑った。

 

次の瞬間。

「あ、あぁ…っ いやだ、それ…やめ……っ!」

 

 

強く扱きあげてくる左手の動きとは別に、アキラのもので濡れて汚れた右手が。

締まった腹の上に伸びて、ぬめりをそこに塗り込めてきた。

 

ピチャリ、と音が聞こえたようで、気が遠くなった。

火照った皮膚の上に、自分の欲望の証がヌルヌルと指でなすりつけられるその感触。

 

 

 

「あ、あ、あぁ……ん、オッサン…も…やだ……」

あまりのいやらしさに、アキラは身悶えながら涙をこぼしはじめた。

 

 

「…そうかそうか、アキラはおいちゃんにしてもらわないと気持ちよくないってか…可愛いな」

勝手にバカな独り言をつぶやきながら、男の右手は腹からさらに這い上がってくる。

 

激しく脈打っているアキラの心臓の上にピタリと止まり、そこにもぬめりが広げられた。

「う……ぁ…」

喉を鳴らしながら、アキラは与えられる感覚だけに飲み込まれてゆく。

イキたいか?ともう一度問われ、訳も分からぬままガクガクと頷いた。

 

 

もうプライドも虚勢もあったものではない。

ただこの掌に導かれたいという思いだけで、溢れそうだった。

 

耳朶を舐め回す舌と、熱い口の粘膜の感触。

壊れそうに鳴る心臓へと、浸透していきそうなぬめり。

 

………アキラ、と呼ぶ低い声に、泣きたいほどの震えが背筋を走り抜けた。

 

 

イッちまえよ、という囁きと共に、濡れそぼった屹立を強く扱かれ、先端をくじかれて。

「あッ、あ…ぁ……ん…んん………ッ!!」

足の指まで丸めるようにして、感じ入りながら、アキラは欲望を解放した。

 

 

ドクン、と自分が白濁を吐き出す音が聞こえたような気がした。

絶頂感と、深く深くへと落ちていく感覚に、意識の隅々までがまっ白になってゆく。

 

 

 

 

そのまま、どのくらい意識を飛ばしていたのだろうか。

気がつくと先ほどの体勢のままで、源泉が髪や耳元に柔らかいキスを繰り返し落としてくれていた。

 

「オッサン……」

まだ熱の籠もった掠れ声で呼ぶと、大丈夫か?と聞かれ、急に恥ずかしくなる。

だが自分を包んでくれる大きな体温を感じると、突然甘い気持ちが胸に湧き起こった。

 

くったりと預けたままだった身体を起こして、上半身だけ身をよじる。

2・3個開けられた男のシャツの胸元に、まだ火照ったままの頬を押し付けた。

煙草の匂いを吸い込みながら、心地よさそうに目を閉じて、相手の全てを感じ取る。

 

 

「なんだ、可愛いことして。たまらんなぁ」

楽しそうに笑ってはいるが、源泉は自分を気持ちよくさせてくれただけだ。

当たっている感触で、男のものがまだ充分な固さを保っているのが分かる。

 

(俺も、オッサンのこと、よくしてやらないと……)

だがこの状況では、「もういいから、寝てろ」と言いくるめられてしまう可能性大だとアキラは思った。

 

 

 

その時、ふと所在無さげに浮かせた源泉の左手に気づいた。

そこに未だに自分が放ったものが握られているのを見て、アキラは思わず目元を染める。

 

どうやら、自分が意識を飛ばしていたのは、ほんの数秒だったらしい。

思ったよりすぐに目を覚まし、懐いてきた自分に、源泉はこれを始末する暇もなかったのだろう。

 

「オッサン……手」

「ん?あ、ああ…ちょっと待ってくれるか、キレイにするからな……」

「いいから、そっちの手、貸せよ」

 

 

源泉が何か言う間も、抵抗する間も与えてやらなかった。

後ろ抱きにされた体勢で身をよじったアキラは、白濁にまみれた源泉の左手に自分の右手を重ねる。

そのまま己の放った欲望を、互いの掌で握り込んだ。

 

「………ッ、アキラ…」

ぬるりとした感触に構わずに、互いの指を絡め合い、汚し合う。

 

どのみち、こんな行為はキレイなものじゃない。

だが、欲しがる気持ちが目に見えるのなら、こんな幸せな事はないだろうとも思うのだ。

 

 

 

「……煽りやがって。百年早いぞ」

間近で見る源泉の目は、はっきりと欲望を映し出していた。

それに対する微かな脅えと、興奮とが、またアキラの身体をゆっくりと包みこんでゆく。


「泣いても許してやらんからな。覚悟しとけ」

アキラをベッドに横たえると、男は性急な動作で服を全て脱ぎ捨てはじめた。

 

 

露わになった背中を見つめながら、アキラは自分の右手に残った残滓を指先で弄ぶ。

自分の貪欲さを、直視する。

 

 

だがそれを醜いとは思わなかった。

 

 

今はもう、欲しい物がない世界の方が余程恐ろしい。

……自分を欲しがってくれる人がいない世界も。

 

 

 

ギシリ、とベッドが音をたてる。

覆いかぶさってきた源泉の身体は熱かった。

今度こそ自分に対する欲を露わにした男を抱きしめると、不思議な充足感に指先まで満たされた。

 

 

 

そしてアキラはそのまま何も考えずに、深く長い混沌へとまっ逆さまに落下して行った。