「う…ちょっとこわ…」
「ちゃんと支えてる。おまえもオレにしっかりつかまってろよ」
「……うん…」

浴槽に背をつけるように座った今泉の足をまたぐ形で向かい合い、坂道はゆっくりと腰を落とそうと
していた。
よく考えもせずに衝動的にもう一回したい、と告げてしまったわけだが。
それを聞いた坂道は、ゴムもないのも構わずにここでしよう!と主張して譲ろうとしなかった。

『あとで…後で洗ったらいいよ!おっお風呂だし…!!』
『おまえ…いいのかよ…終わってから死ぬほど恥ずかしい目に遭うぞ』
『うう…もう何回も言わないでいいから!勇気がなくなっちゃうよ』

相変わらず下半身はゼリーに浸かっている。透明なようで見通しが悪いし、滑る。
それでも今泉のモノの先端をようやく後孔に含むと、安心したのか坂道はほうっと湿った息を吐き
出した。
火照らせた頬がやけに扇情的だ。見ているだけで食いつきたくなる。
欲しい。衝動がむくりと起きあがる。20年も生きてないくせに、こんなに欲しいと思う人を見つけて
しまった。
(そんで、おまえもオレに応えてくれたんだよな。奇跡みたいに)


目を伏せ、今泉の肩につかまりながら坂道はそろそろと沈んでゆく。最初の太い部分だけは何度
しても辛いのか唇を震わせるが、「今泉くんのあっつい…」と素直な言葉も零れ出た。
「……ッ…さかみち…おまえの中…も…」
薄皮一枚ないだけでこんなにもちがう。湯の中でゼリーに包まれていた今泉のペニスは、先端から
別の柔らかくてキツイ場所へ飲み込まれてゆく。喉が鳴る。

後孔が今泉の欲望の形に広げられる。直に感じる熱さは坂道を惑乱に陥れようとしていた。
(こわいんだけど気持ちい……気持ちよさそう。今泉くん感じてる…僕の体で感じてくれてる)
敏感な中がずる…とこすられていく。じりじりとほんの少しずつ進む。
だが、今泉はそれに焦れるよりむしろ深部へ分け入る感覚を味わっているような顔つきだった。

ときどき呻き声を洩らしながら、自分より高い位置にいる坂道の肩口へ頭をもたせかけてくる。
愛しくてたまらず、坂道は彼の黒髪に頬を寄せた。もうちょっと…と思う。
でも最後、受け入れきってしまうのが怖い。座りこんじゃわないと…と自らを励ますがなかなか飲み
込めない。

は…はっ…と息を荒げながら勇気を出せない坂道は最後どうしよ…と困ったように今泉を見た。
だが切羽詰まっているはずの彼は、ふ、と苦笑まじりになり「なあ、はやく…」などとねだってくる
ものだから、坂道は別の意味でクラクラきた。
(ああもう、かわいいんですけど!!?)
こんな大きな身体で、かっこいいとしか言いようのない外見で、甘えるなんて反則すぎる。

ぎゅっと首に抱きついて、思いきって自重をかけた。ずず…とはまりこむ。指に力が入り肌に食い
込んだ。
「あっ…あぁ…っ!」
お湯の熱さのその内側に別の熱さが生まれる。涙が出そうなそれを分かつ。

「……っあ、あ…はいって…きちゃう、今泉く…んんっ……!!」
「坂道…さかみち……っ」
「いまいずみくん…すきだよぉ…」
「…知ってる…オレ…も…」
「ぁ……いっぱい…なってく…すご……なんで…いつもと違……っ」
「……ッ!!……は、あ……」

やっと最奥で繋がった瞬間のずんという重みに、二人ともの意識が震蕩した。求めていたものへの
到達にほとんど悲鳴のような声があがる。
何かにつかまっていないと、とでもいうように互いの濡れた身体を必死にかき抱いた。
それでやっと溶け落ちずにいられたと思った。もたらされる快楽のそれほどの甘さと濃密さに視界
が潤んだ。

今泉の指が蠢き、自分を受け入れて広がった後孔の縁を確かめるように撫でている。もう、今泉
くんすごいエッチだ…と坂道は赤くなった。
ゴムで隔てずに繋がっているのを思い知らされる動き。どうやったらこんな事を思いつくのか不思議
になるぐらいだ。だがいつもよりずっと彼を感じる。こんなに近くなれるんだ…と思う。


「悪い…もうあんま保たねーぞ」
いつもなら今泉は馴染むまで待っていただろう。だが風呂に入ってから一度も達していない分、
今はひどく性急だった。
情欲も露わなその目に身体全部が疼く。欲しいのは僕もおんなじと坂道は見つめ返した。
いいよと言う代わりにありったけの想いをこめて、自分からただ触れるだけの口づけをする。

それを合図に今泉は坂道の腰をわし掴みにした。湯の中で少し持ち上げ、下から深く浅く突きあげ
始める。
「……あっ、あぁ…っん…」
ハッハッと今泉の息が荒い。赤紫のゼリーは大きく波立ち、二人にまとわりついてはとろとろ落ちる。
先刻は緩い快楽しかもたらさなかったものが、もっと貪れとそそのかしてくる。

坂道も今泉に抱きついて腰を浮かした。そうする事で大きく揺さぶられながら、再び勃ちあがって
いたペニスの先端を今泉の腹にくちくちとこすりつけてしまう。
もうどこを気持ちいいと感じているのかもよく分からない。ただがむしゃらに腰を揺すり、相手と自分
の隔てをなくそうとする。

「い…いまいずみく……もっと…っ」
「坂道……名前…でっ…」
「……しゅんすけくん…もっと…いっぱい…なか…こすって……ぇ」

泣きそうな声で下の名前で呼ばれ、ねだられると今泉はもう歯止めが効かなくなった。奥まで突き
込むと中がびくびくと震える。
腰を引くといやがるように絡みついて離さない。
少し中に入ってしまったゼリーの粒ごと坂道の内部の感触を味わう。振り幅が大きくなる。身体と
視界が縦に揺れる。必死に抱きついてくる坂道のモノが腹の辺りでぬるぬると滑ってはまた新しく
先端を濡らす。
いやだ離れたくないと思いながらも、この熱くて柔らかい締めつけに何もかも吐き出してしまいたく
なる。その欲求が背筋を這い登る。

押しつぶすような激しさで抱きしめた。あぁ…と坂道が声をあげる。
さっき指でいじっていた場所を、今泉は自分のモノの固い部分で何度も何度も擦りあげてやった。
中がきゅうっと締まる。それをかき分けるようにまた擦る。際限がないほどこの細い身体を欲しが
っている。

「も…だめ…っいきたいよぉ…俊輔く……あ、ん、きもちい……い」
「坂道…坂道……ここに…」
「いっ…よ…だして……俊輔くん…欲しい……よ」

溺れるような口づけをした。もうただこの人と隙間なく繋がりたい一心で坂道は今泉の舌を吸い
すすり上げる。
一番感じる場所にペニスの張り出した部分がこすりつけられた。むき出しの性感を容赦なくいじ
られ、その痛いほどの快感が自分の張りつめたモノへと直接ぴりぴりと伝わる。
こわい、愛しい、愛しい。

「あっ…?あ、あ、やぁ…いくっ……いっちゃ……ふあぁぁ…っっん……!!」
「……坂道……オレ、も……っ!」

中をひときわ強くぐりっとえぐられた瞬間、坂道のペニスからは押し出されるように精が溢れて
今泉の腹をしとどに濡らした。
だが吐精している間にも今度は中の泣きどころに今泉の精液が浴びせられる。その熱さに絶頂感
は耐えがたいほど激しいものになった。
首を振り泣きじゃくりながらも、今泉のモノに絡みつく内部の動きを止められない。

訳も分からず、今泉くんたすけて…とすがり訴えれば、震えを止めるようにきつく抱かれた。
まだ息も整わず、心臓は早鐘のように打っている。
自分がどうやって自分の形を保っているのかもよく分からない。
だが嵐のような高みからゆっくりゆっくりと下りゆくうちに、未だ溶けあった身体の奥からは先刻の
激しさとは別の甘い甘い悦楽がこみ上げてきた。

「あ……ウソ…なに、これ…」
「まだ中で感じてんな、ずっとびくびくしてるぞ。抜いた方が楽か」
「や…やだ…っもうちょっと…このままいて……」
ものすごく恥ずかしい事を言ったのだが、今泉は耳元で小さく笑っただけで、「オレもなんかずっと
気持ちいいの続いたまんまだ…」と囁いてくる。

おまえが離してくれって言うまではこのままだからな…と言われ、そんなのどうしたら離れたいって
思えるのと坂道は懊悩した。
頬に、首すじに、今泉の唇が温かく這い、伝う。
冷えてきた背中に大きな掌がまたとろとろとゼリーの粒をかけてくれた。果ての見えない緩やかで
優しい愛撫。
もうここでやめないと、という思いなど簡単にぐずぐずになってしまう。

ぼうっと白む意識の中で、今泉がまた何かを言ったような気がした。
「ずっと、おまえを一人占めしたかった…」
「……?いまいずみ…く…?」
どうしてそんな事思う必要あるのかな…と不思議だったが、何故だか嬉しくて涙が零れた。

僕もだよ…と彼に言えただろうか。
そこまでは曖昧なまま、今泉の腕に抱かれた坂道は愛された余韻にゆらゆらと揺らされ、そのまま
ゆっくりと目を閉じた。






今泉が自室のドアを開けると、額にひえピタを貼った坂道がベッドにちんまりと座り、熱心に何かを
読みふけっていた。
坂道の部屋もベッドもちゃんとあるにはある。
単に今泉が、ここに越してきてから別に寝させた事がないだけの話だ。

「あっ今泉くん!ごめんね、お風呂掃除させちゃって。次は絶対僕がするから」
ぱっと顔をあげ、坂道は申し訳なさそうに手を合わせた。
「いや、ゼリーは薬剤入れたらすぐ溶けるし、流してざっと洗っただけだ」
それよりおまえ大丈夫かよ?と今泉は気遣わしげに眉を寄せたが、その視線に坂道は赤くなり、
「も、もう平気だから!」とあたふたと答えるばかりだ。

湯あたりはまあいいんだよね…と意味もなく眼鏡をぐいぐい押し上げながら坂道は考えていた。
今泉に迷惑はかかるが、普通に起こりうる事だ。
しかし湯あたりしたのは、事後に延々と今泉が出したものを指でかき出されたり洗われたりしていた
せいだ。
覚悟しているつもりだったが大変な目に遭った。この世にここまで恥ずかしい事があったのかと思う
程だった。生きている事が瞬間的につらくなった。

(でも…盛りあがったらまたやっちゃうんだろうなぁ…)
まだ体はほかほかと暖かい。それは入浴剤でも湯あたりしたせいでもなく、好きなだけ愛し合った
からだと知っている。
爪の先まで満たされていた。どんな顔していいか分からない程、たいへん幸せなので困っている
真っ最中だ。


「ところでおまえ何読んで……ああ、あの入浴剤のメーカーのパンフか」
ゼリー風呂の素はオマケについてきただけで、元々今泉が買ったのはコンドームやローションだった。
つまりはそういったラブグッズ中心のメーカーサイトだったわけで。
女性でも購入しやすいようにか、そのパンフレットも明るくライトな感じにしてあった。

だがベッドの端にギシッっと音をたてて座った今泉は、開いていたページを見た瞬間ギクリとした。
そこにずらっと並んだ写真は、いくら色や素材で緩和していても形まではどうにもなっていない。
男性器を模した大人のおもちゃ。いわゆるバイブというやつだった。
いやな汗が背中に滲む。坂道が変に好奇心が旺盛なのは誰より知っているところだ。

「あっ!ねえねえ今泉くん、これなんだけどさ…」
「おまえな…オレというものがありながら、こんなモンに興味示すなよ」
「……?興味っていうか、これやっぱりエッチの時に使うんだよね?」
「だろうな…」
「こういうの、使う人も使われる人もどの辺が楽しいんだろ…って不思議に思って見てたんだよ」

坂道にとってのセックスとは今泉と触れ合うという事だ。物を使いたがる人の気持ちが今ひとつ理解
できない。でもこんなに種類があるという事は買う人もたくさんいるのだろうか。
(僕は今泉くんじゃないといやだけどなあ…)
首をひねりまくる坂道にだが今泉は面白そうな顔になり「まァ人それぞれ色々あるんだろ。マンネリ
防止とか」と言った。

「今日のあの入浴剤も、いつもと違っててちょっと盛り上がっただろ」
「なるほどね…奥が深いんだねー」
「おまえが気に入ったんなら、またあの入浴剤買っとくけどどうする」
「え…う…うん……あの、僕はいいなって思ったけど…今泉くんは…その…どうだった…かな…」
「オレは毎日でも使いたい」
「まっ毎日はムリ!!!」

今度こそ真っ赤になって坂道がぶんぶん両手を振ると、今泉は肩を揺らして笑い出した。
もう、最近よくからかわれるなあ…と思ったが、同時に気づいた事もあった。
「……ここに越してきてから、今泉くんよく笑うよね」
「そうか?自分では分かんねーけど、結構はしゃいでんのかもな」
まだ自分で稼いでるわけじゃねーけど、やっとおまえと同じ家に帰れるようになったから。
穏やかな声にそう告げられて、坂道の胸には嬉しさとドキドキがいっぺんに湧きあがった。今泉の
腕を引くと少し顔を近づけてくれる。

「あっあのね、今泉くん!」
「うん?」
「僕ね、このごろ思うんだ…誰かを好きになる事なら一人ででも出来るけど、やっぱり二人がいい
なあって」
「坂道…」
「今泉くんと二人になってから僕は自分がすごく欲張りだって気がついたんだ。もっと笑った顔も
見たいし、くっつきたいし、甘えてもらいたいって思ったりもするんだよ」

勢いこんで言ってから「あ、でも煩いなって思ったら言ってくれていいんだけど…」といきなりトーン
ダウンする坂道が可愛くてならない。
素直で一生懸命。色々恥ずかしがるくせに、ふいに何のてらいもなく愛の言葉を口にする。
きっとそれに自分は安心しているし、救われてもきたのだろうと今泉は思った。
(そういやこいつは昔から、分かりにくいはずのオレの感情の変化を拾いたがった…)

そして他人に興味のなかった今泉の方も、坂道を知りたいと思ってしまった。
気になって知りたくて。
目で追って、言葉を交わして、ぎこちなく想いを伝え、指を伸ばしやっとの思いで触れ合った。
ここまで二人がしてきた恋はそういう事の連続だったように思う。そしてそれはこれからも続くの
だろう。



「…ったく。おまえに出会ってなかったら、オレはどうなってたんだろうな…」
「え?どうしたの、なに?今泉くん…」
「オレにはおまえがどうしても必要だから、愛想つかさずにずっと傍にいてくれって言ってんだよ」
「……ええっ!?何げにすごいこと言ってますけど……あ、でも、は……はいっ!!」

慌てふためくまだ温かな体に寄り添えば、ゼリーの甘酸っぱさはとうに消え、最初に髪を洗った時の
同じシャンプーの香りがふわりと漂っていた。
これが二人になるということだろうか。

傍にいるだけで満たされる、なんて三文恋愛小説の台詞みたいなことを実感する。
だがそれを気恥かしいとも思わずに恋人と指を絡め、ふ、と気が抜けたみたいに笑いあった。

その瞬間、二人ともがバカみたいに幸せだった。