Z市の中でも怪人発生率が高く、逃げ出す住民続出、今やゴーストタウン化している区域に普通に
入り込んだサイタマは黄色のヒーローコスチューム姿だった。
手にはむなげやというスーパーの袋をふたつ下げている。
まだ日は高い。携帯も時計も持っていなかったが、家を出た時刻から考えると午後3時というところか。
晩飯の買い物もしたが、時間的に慌てて作る必要はない。怪人も出なかったし今日も平和で退屈な
一日だった。

だが万年ローテンションのサイタマにしては少々浮ついた足取りであるのに、本人は気づいていな
かった。
しんと静まりかえった街並みを、特に急ぎもしないのに早足で抜けていく。
(一週間長かったよな…)
ずっと一人暮らしをしてきたし、何ともないと思っていた。
だが、最近弟子兼恋人に昇格したジェノスが、年に一度の総メンテで一週間も研究所に行ってしまっ
たのは意外とこたえた。

寂しいなんてガラでもねーと思うわけだが。
何しろまとまったばかり。俗に言う新婚のようなものだ。今までと同じ暮らしのようで違う事はたくさん
あるし、かわいいと思ったら即抱きたいのが男のサガ。
そういう自分を、あーこれ親父くせえか?と危惧しつつもそんな衝動は新鮮で、上手く伝わっている
かどうか知らないが、好きなんだよなヤべーと思う。


部屋の前まで来たサイタマは、鍵を出し、音をたてないようドアを開けた。
昼頃にパトロール行ってくる、ついでに買い出しもするからなと言い置いて外出したのには実は理由
があった。
目論見どおりになってるかと、足音を忍ばせ奥の部屋をのぞく。

部屋の隅に重ねて積んだ二人分の布団。
そこに埋もれるようにして、ジェノスは目を閉じ眠っていた。
開いた窓から吹き込む風が、短い金髪を揺らしている。光を受けて普段よりも明るいタンポポみたい
な色になっていた。

おー寝てる寝てると思い、サイタマは布団のあいている部分に自分も一緒に寄りかかる。
つくづくとその顔を見た。
実は、昨夜から今朝にかけてジェノスを抱きつぶしてしまったのだ。

いくら一週間いなかったからといって、あれはないと自分で思うほどだった。
だが、『先生。今回のメンテで…その、セクサロイド機能も大幅に改良したから、先生に伝えておき
なさいと博士が』 と好きな奴に恥ずかしそうに言われ、その場で押し倒さないのは男としてどうか
という気もする。
ジェノスも床に転がされたというのに嬉しげに抱き返してきたから、理性がちぎれてふっ飛んだ。

かくして、何回ヤッたか数えるのもバカらしいほど励んでしまったわけだ。
遅い時間に目覚めた時、サイタマは頭も体も非常にスッキリしていた。
だが、ジェノスは違った。ぼんやりするわフラフラするわで大変な事になっていたのだ。
朝昼兼用の食事をした後、『お前、ちょっと昼寝しろ』 と言ったのだが、弟子は頑なに拒否した。

『そんな!帰ってきたばかりでやる事もありますし、昼間に寝るなんてだらしない事はできません』
『いや俺、しょっちゅうやってんだろ』
『先生はいいんです。俺はダメです』
訳の分からない主張をするその最中にも、瞼が重くてくっつきそうになっている。

だいたいジェノスは謹直な性格で、家にいる時も正座だし、敬語も崩したことがない。
ただの弟子だった時から、サイタマより先に寝ないしサイタマより後に起きたりもしなかった。
メシは当然美味く作るし、いつもキレイでいるというセルフ関白宣言状態だったのだ。
恋人という関係にもなったし、もうちょいリラックスできねーのお前…とも言ったが、元々の性格と
いうのはなかなか変わらない。
なら、俺が出かけちまったらコイツ気が緩んで寝落ちするんじゃねーかと考え、ジェノスを一人残して
パトロールに出たのだ。



ふっと意識が浮上した。深い眠りから覚めたジェノスが目を開けると、横に師が座っていた。
夕刊を膝にのせているが、読んではいない。
10秒ぐらいの空白の後、やっとまともな思考ができるようになる。ジェノスは「先生…!」と叫んで
がばっと上半身を起こした。

「すみません、俺やはり眠ってしまったんですね。何時ですか今!?」
「あーうるせ―、いいからお前はダラッとしてろ、ダラッと」
「いや、しかし…」

額に手をやられ、布団にぼすっと押し戻された。急に動いたせいもあり、眩暈がする。
師の声には苛立ちのようなものがあり、聞き分けのない自分を少し怒っているのだろうかとひやりと
した。
だが、サイタマはやけに神妙な顔つきで「昨日、無茶して悪かったな」と真っ向から告げてきた。

「え、いえ俺の体は機械なんですから何ともありません。先生は何も無茶なんかされてませんし、
謝られる事など…!」
「ジェノス」
また言うべき事を間違えてしまったのだろうか。師が軽くため息をついた。
もう一度額に手が触れる。今度はとても優しく、撫でさするような動きだった。

「お前のココは生身だろ。あんな何回も抱かれて、ずっと感じてイキっぱなしで、疲れるに決まってん
だろうが」
まあやったのは俺なんだけどな〜俺だよ、とサイタマは眉間をつまみ唸っている。
ちょっと昨日は抑えがきかなくてよ、悪い…とまた謝られ、師の気遣いにジェノスは震えるような嬉しさ
でいっぱいになった。
自分の方の気持ちも、言えば分かってもらえるだろうか。


「……先生」
「ん?」
「俺、普段のメンテの時はスリープモードになってるんですが、今回の総メンテは本人の調子を確認
しますから、結構起きている時間も長かったんです」
「ふーん…?」
「たくさんの機材に繋がれて、時には口や耳の中にチューブを突っ込んだような状態でいると、ああ
俺は本当にほとんど機械なんだと感じます……自分で選んだ事ですが」

15歳の時にサイボーグ化して以来、総メンテは何度かあったが、今までは何も感じなかった。
だが今回は違った。
どんなに博士が生身の人間に近づけようと苦心しても、自分の体には味もそっけもない機械が詰ま
っているのだと考えずにいられなかった。
そしてその変化は、サイタマと抱き合うようになったからだろうとも。

「そんな俺を、先生はいつも人のように抱いて愛してくださいます。俺はそれがとてもとても幸せで、
だから昨夜もどうされたって構わなかった。先生がこんな俺でいいと仰るなら…」

そのつもりで、俺からお誘いしたんですよ?とからかうように笑えば、「おっまえなぁ〜」とサイタマは
少し顔を紅潮させる。
「先生と離れてるの、寂しかったんです」
「俺もだ」
「そんな事を言っていただけるなんて、研究所に籠もるのも悪い事ばかりではないですね」


部屋に差し込む陽の光で、いつの間にか布団も二人の体もぽかぽかと暖まってきた。
先生、買い物をしてきて下さったんですかと、むなげやのスーパー袋を見てジェノスは確認する。
「おう。だから今日はもうお前の仕事はなしな。夕飯は俺が作ってやるし、もうちょい寝とけ」
「昼寝って初めてですが、気持ちいいものですね」
「だろ。まだ時間早いし、俺もちょっとだけ一緒に…」

サイタマの腕が回り、ジェノスの頭を引き寄せてぎゅっと抱き込んできた。
ふぁ…と耳元で聞こえる欠伸。掌が体のあちこちを慰撫するように触れてゆく。
セクシャルなもののない、ほんとうに溶けてしまいそうな慈しみだった。

全身でサイタマを感じ、うとうとと再びの眠気を覚えながら、ジェノスは思っていた。
今度から先生に誘われたら一緒に昼寝をすることにしよう、と。
この人はいつまでも自分の先生だし、これからもきっと色んな事を教えてくれる。
頑ななばかりの心では、嬉しいことを逃してしまう。

(幸せになるのは、こんなに簡単だ…)
サイタマの胸に頬を擦りつけながら、先生、先生…と呟き、目を閉じる。
視界を閉ざしても、瞼の裏が明るいのが不思議だった。
そうしてジェノスは、許された午後の怠惰へと、今度は二人になってゆるゆると引き込まれていった。