「ヒゲって毎日剃らなきゃいけないものなんですか?」
狭い洗面台に並んで立つ必要なんざないのに、いつの間にやら染みついた甘い習慣。
交わす会話はいつも他愛ないものだ。あってもなくてもいいような。
けど言葉をこねくり回す俺達が、こういう風でいられるのは、相性がいいって事なんじゃねえか?
「いや、体質にもよるだろ?律がヒゲ剃ってるとこなんて想像つかねえな」
つるっつるじゃん、とからかうと、僕だってそのうち、とつんと顎を持ち上げる。

いや俺が言ってんのは全部。全部だよ。
水を掬ってぱしゃんと顔を洗うと、水珠が頬ではじかれて宝石みたいでさ。
俺はシェービングクリームを塗った顔にカミソリを当ててはいるが、その動きはいかにも緩慢だ。
視線は鏡の中の律に釘付け。
健康そうな顔色、柔らかな肌、さらりとしたでもクセの残る髪。
まだ少し眠たげにはれぼったい瞼と、対照的につややかな唇。

いけない事をしたなんて、そんな名残りを少しも見せない幼い恋人に、ちょっとだけ残念さを
感じつつ、ちらりと目線を落としていけば、少し皺のよった白いワイシャツ。
素肌に自分の着衣をさらりとまとう、それが朝の光に照らされ眩しいのに。
ギクリとして手がすべる。あ、と言う間もなく顎のクリームの白に微かな赤がまじり、鏡の中の
律が目をみはった。

何やってんですか、と鏡像ではない本物の律が、背伸びをして指でそこをぬぐう。
白と赤のコントラストを見ながら、おもむろに「どこ見てたんですかもう」と咎めるから。
その言葉が切り傷にぴりっと沁みて、俺は情けない顔でその細い体を抱きよせるしかないんだ。