迫りくる何かに必死で抵抗するようなアキラの顔を見て、源泉は楽しげに笑った。

 

そのままパジャマの襟元を指でかきわけると、露わになった鎖骨にゆっくりと唇を押し当てる。

 

「……ッ」

熱い、と感じた最初の接触。

それにアキラは大げさなぐらい身を震わせた。

 

だがそれには構わず、源泉はその場所を強く吸いあげ、日焼けをしない肌にわざと跡を残した。

 

見える場所に跡をつけるなど、いつもならば怒鳴られているところだ。

だが。

 

「…ちょ、ちょっと待て、オッサン」

 

感情の起伏が乏しいアキラにしては、動揺もあらわな声が零れて落ちた。

やみくもに手を振り回しては、男を遠ざけようとしている。

どうにも無意味な一連の動き。

だがアキラには周囲は見えていないから、源泉がそれを避けるのは容易な事だった。

 

「…待てんなあ。おしおきするって通告したはずだぞ、オイチャンは」

 

何度も空をきるアキラの手をひょいと捕えると、源泉は指先にも唇を押し当てた。

ちゅ、とわざと音をたてる。

何をされるか予測のつかないアキラは、もはや完全にパニック状態だ。

こんなささいな接触にすら、ビクッと薄い肩を揺らした。

 

その反応にすっかり楽しくなってきた源泉は、おもむろに自分の口の中にアキラの指を突っ込んだ。

「う、ぁ……」

味わうように含んで、爪を舐め回す。

 

舌の表面でザラリと愛撫しながら、アキラの表情の変化をじっくりと堪能してやった。

 


たまには、こういう刺激の与え方も悪くない。

 

「アキラも分かったって言ったよな〜?

俺の記憶に間違いがなければ」

「オッサン…やめ…」

 

だいたいにおいて身体の先端というのは性感帯だ。

指も例外ではない。

 

視覚を閉ざされた今、アキラは指先から伝わる

熱い口腔内の感触と、ピチャピチャとたてられる音だけで

既に参ってしまっているようだった。

 

(感じまいとすれば、辛いだけなんだがなぁ、アキラ?)

 

まだパジャマに包まれたままの肢体が、

ゆっくりと息づき始めているのが分かる。

 

 

何かを期待するように、淫らに。

 

普段は白いアキラの頬が紅潮しているのも、やたらと源泉の性感を煽り立ててくれた。

 

たまらない気持ちにさせられる。

 

頭から食ってしまいたいような、獰猛な欲求が身を灼いた。

 

それにしても、アキラが目隠しを外そうとしないのは、ある意味立派だと言えた。

別に手を拘束しているわけではない。取ろうと思えばいつでも取れるのだ。

 

 

 

 

一方、指をしゃぶられ続けているアキラにも言い分はあった。

 

あの日、うっかり『分かった』と言ってしまったのは事実だ。

でなければ、今現在、アキラの身体を好きなようにまさぐっている男の腹に一撃加えてでも、逃亡しているところだった。

 

だいたい、男の主張と実際にあった事はかなりニュアンスが違う。

だが根が生真面目なアキラは自分の言葉に縛られ、もはや身動きができなくなってしまっていた。

 

…2日前、仕事で家を出る時間になっても、源泉はまだクドクドとアキラに言い聞かせていた。

 

『三食きちんとしたモンを食えよ。お前に料理をしろとは言わんが、何か買ってくるんだぞ』

 

ガキじゃあるまいしとか、メシぐらい好きにさせろとか、山ほどの文句が頭をよぎる。

口に出さずともアキラの反抗的な気分は見て取れたらしく、源泉は大げさにため息をついた。

 

『お前、俺の留守中にソリドなんか食ったら、おしおきするからな』

『分かったから。もう早く行けって、オッサン』

 

ソリドの何が悪いんだ、と思う。

確かに以前より食料事情は改善され、馴染み深かった簡易固形食は日常的に食される事がなくなった。

だが2・3日ソリドを食ったからと言って、身体に支障が出るわけでもない。

 

元来、食に対する興味の薄いアキラは、食料を買出しに行くのすらおっくうだった。

一緒に食事をする源泉がいない時はなおさらだ。

空腹を感じると、多少の罪悪感を覚えながらもソリドを齧っていた。

気がつけば、物置の狭いスペースにあったソリドの箱は、すっかりカラッポになってしまっていた。

 

(…だからって、するか、普通こんな事!?)

心の中でアキラは必死に喚き散らす。

そうする事でしか、自分に与えられている刺激を散らせなかった。

 

帰宅後、空のソリド箱を憂わしげに見つめた源泉は、間髪入れずに『おしおき』を決行した。

『躾けは、その場ですぐやるのがコツだからな』などと独り言をつぶやきながら。

 

その結果、現在アキラは目隠しをされて、狭い物置で立ったまま源泉の愛撫を受け入れていたのだ。

 

 

 

 

…見えない不安と興奮で、全部の神経が剥き出しになったような錯覚を覚える。

 

まだ、大したことはされていない。

源泉は相変わらずアキラの指を舐め回しながら、無防備なパジャマの裾に片手を差し込み、腰から腹へと

ゆったりと撫で上げている。

 

だがそれだけで、アキラは必死に声を殺さなければならなかった。

大きなカサついた掌が、敏感になった肌をざらりと滑る。それが、たまらなくいい。

 

それでも部分的にしか触れ合わない不安定さに焦れてしまい、アキラは思わず手を伸ばして源泉のシャツを掴んだ。

源泉がちゃんと目の前にいるという確信が欲しかった。

自分に触れているのが誰か、分かっていても無性に不安に思えたのだ。

 

くすり、と源泉が笑う気配がした。

片手だけで器用にアキラのパジャマのボタンが外されてゆく。

やがて上半身が開かれると、ひやりとした外気の感触が、もう自分が熱くなっていたのだと知らしめてきた。

 

露わになった胸の先は、痛いほど固くなっている。

まるで触れられるのを待っていたようで、いたたまれない。

 

アキラが籠もった吐息を切なそうにはき出した、その瞬間。

 

狙っていたかのように、源泉は自分の唾液に塗れたアキラの指を使い、その尖りをぬるりと押しつぶした。

 

 


「あ、ああっ…!ん…んー……ッ」

 

ぬめりを帯びながら、快楽のボタンが押される。その度に高い嬌声があがる。

 

小さなその部分が突然アキラに与えた衝撃は、

本当に達してしまいそうなほどだった。

反射的に体を丸め2・3歩後ずさると、背後の棚に背が当たり、

却って追い詰められてしまったと気づく。

 

「コラコラ、逃げるなよ。気持ちいいんだろうが…ほら、な」

 

「あ…あぁ…オッサン…や……」

「ああまあ、お仕置きだからな。

痛い事はせんが、ちっとは恥ずかしがってもらわんとなぁ」

 

顔は見えないが、やけに朗らかな口調でそんな事を言う男を、

 

アキラは心の底から呪った。

 

その間にも、意思を奪われた指は、ひっきりなしに胸の突起をいじってゆく。

擦られたり、摘んだり、一番敏感な先端に唾液を塗りこめたりもする。

 

「赤くなってきた…イイのか?」

「やぁ……んっ、ん……っ」

 

 

それを実行しているのが自分の指で、塗られているのは源泉の唾液で。

それを全部、源泉がどんな目で見ているのだろうと思うと。

羞恥が身を焦がした。

 

気が変になりそうだった。たかがこれぐらいの刺激で。

 

「お前さん、右の方が感じるもんなぁ。やっぱ利き手側だからか?」

「バカなこと言……あ、ん……」

「左が寂しそうだな。こっちはオイチャンが可愛がってやる」

 


 

予告が意味を成さない程の速さで、

左側に源泉の舌が絡みついた。

 

右の指先も同時に動かされ、アキラは背後の

棚に背を預けたまま、

天を仰ぎすすり泣くような声を漏らす。

 

視界を閉ざされる事で、他の感覚は恐ろしいほど

鋭敏になっていた。

 

気持ちよくて泣きたいほどで、実際目隠しに

使われている薄いタオルはもう

涙で濡れそぼってる。

 

だが。

 

(気持ちいいけど…なんか怖い……)

 

 

 

身体は完全に与えられる感覚に溺れていた。

だがアキラの心はそれほどまでは熟しておらず、とまどいは増える一方だ。

 

源泉が自分に乱暴なことをするはずはないと知っている。

だがこんな行為を楽しめるほどアキラは性的な意味で成熟してはいなかった。

 

 

 

中心はもうとっくに勃ちあがり、パジャマの薄い布を押し上げてしまっていた。

たかがこれぐらいで感じ入り、身体の芯まで濡れてゆくような気がする。

執拗に続けられている胸への愛撫に、このまま達してしまったらとアキラは不安にかられた。

 

「オッサ…だめだから…このままじゃ……」

「ん?イっても構わんぞ。着たまま出しちまうってのも、お仕置きっぽいしな」

 

乳首に唇を押し付けたまま喋られて、アキラは身悶えしながら、これが済んだら絶対殴ってやると心に誓った。

ささいな振動が、腹の底に溜まった快感を増幅させる。

だが息も絶え絶えに、気になる事を訴えた。

「ダメ…だ。汚す、から…パジャマ……」

 

掠れた吐息混じりの声と、赤く染まった唇。

扇情的な表情でいやに現実的なことを言い出したアキラに、源泉は一瞬首をひねった。

 

だが、その時ふと思い当たる。

アキラが着ているのは、先日新しく買ったばかりのパジャマだった。

もっと安いのもあったのだが、アキラの瞳の色によく似た青が気に入って、源泉が無理やり購入した物だ。

『こんなもんに金かけるなんて贅沢だろ』

と小言を言ったくせに、アキラは自分が帰宅する今夜、ちゃんと着てくれていたのだ。

 

 

「お前、そういうとこが可愛いよなぁ…」

源泉はニヤリと口元を緩めると、突然、一方的な愛撫の手を止めた。

伸び上がって恋人の頬に軽いキスを繰り返す。

「な…に…」

自分の頬に擦りつけられる不精ひげの感触に、アキラは頼りなさげな声を出した。

突然やんだ刺激と、頬に降ってくる口づけの両方に、とまどう様子すら愛らしい。

 

「そんなにオイチャンのことが好きなんか」

「……な!?なに言って……」

「あーいいからいいから。分かってる、アキラ」

「一人で勝手に納得すんな!ばかっ…」

 

 

どんな状況かも忘れて噛みつこうとしたアキラを、ふいに源泉の腕が引き寄せ、固く抱きしめてきた。

一瞬、息が止まる。

 

見えなくても感じとれた。

高い体温と吐息、それによく知った源泉の匂い。

さっきまでのどこか弄んでいるような空気が消え、ただハッキリとした欲望が男から突きつけられる。

 

(………欲しがられてる)

鼓動が早くなった。どうせ見えていないくせに、ぎゅっと目をつぶる。

 

その瞬間、頑なに強張っていたアキラの身体は、急に素直に快楽を訴えはじめた。

既に熱を持っていた源泉の下肢を擦りつけられて、先端からはトロリと先ばしりの蜜がこぼれ出る。

 

「あ…っ?」

 

腰から下が溶けそうになって、思わず源泉の胸にすがりつきながら必死にそれを堪えた。

 

 

「……なあ、食ってもいいか」

 

銀色のつやのあるアキラの髪に口付けながら、

源泉は情欲の籠もった声でそう囁いた。

明確な意図を帯びた指先が、

いつも自分を受け入れさせる部分をパジャマの上からなぞる。

 

挿入の時、源泉の性器でゆるゆるとそこを撫でられる感触が、

アキラの脳内でフラッシュバックした。

 

「……は…あ、ぁ……」

そのいやらしい動きに感じてしまい、アキラは逃げだそうと懸命にもがく。

 

だが悦楽を教えこまれたその部分は、

布の上から刺激されただけでじんわりと熱を帯びた。

 

きっともう確かな質量のあるものを欲しがって、啼きはじめている。

 

「アキラも食ってくれるよな…ココで?」

「んぁっ…あ…源泉……もう…」

「もう、なんだ? してほしいこと…ちゃんと言わなきゃ分からんだろう……」

 

 

どうしてほしい、などと言わせてもらえないはずではなかったのか、

自分は。 

 

 

 

なのに言葉を要求する源泉にムカついたアキラは、密着しているのを幸いに男の胸板を拳で殴ってやった。

 

「お仕置きじゃ…なかったのかよ…っ」

「だよなあ。でもお前、感じてても気持ちよくなってなかったしな」

 

お子さまには、こういうプレイはちいっと早かったかねえ…と低い声が艶を含んで笑う。

そのまま唇が汗ばんだアキラの額に、頬にと押し当てられ、やがては顎の下まで舐められてしまった。

 

その感触に何となくだが安堵を感じ、アキラは熱くてたまらない身体をくったりと源泉の腕に預ける。

 

だが。

 

「だからこっからは、アキラのレベルに合わせて

気持ちいいお仕置きにしてやるからな」

 

「……は?え…ちょっ…オッサン、なにを…!?」

 

気を抜いた自分が愚かだった。

 

 

言われた事の意味を理解する間もなく、腰に回っていた男の腕に力が籠もった。

はっと気づいた時には、もうアキラは突然の浮遊感にさらされていた。

 

よっこらせー、という声と共に、細い身体は源泉の肩に荷物のように担ぎあげられてしまう。

パニック状態のアキラを乗せたまま、源泉は鼻歌を歌いながら、のしのしと物置から移動を始めた。

 

「オッサン!なにすんだ、離せ、降ろせって!!」

「おいこら、暴れると落っことすぞ……お、そうだ、お前さん、コレ汚すの嫌がってたよなあ」

 

源泉の背中をやみくもに叩いていたアキラは、今度という今度こそ、ギャーッと叫びそうになった。

男がごく無造作な手つきでアキラのパジャマのズボンに手をかけ、下着ごとずるっとひき下ろしたからだ。

 

当然のことながら、アキラの臀部は隠すものもなく剥き出しにされてしまった。


 

あまりと言えばあまりの仕打ちに、羞恥で死んでしまいそうになる。

 

「な、なな・な…なにすんだ、エロオヤジ!!!」

「何って脱がしてるだけだろうが。

しっかし、お前がそんな大声出すのも珍しいな、アキラ」

 

源泉ののんびりした声を聞いたアキラは、本物の殺意を抱いた。

こんなろくでもないオヤジは、

あの世へ追いやってしまってもいいような気がする。

 


しかし尻を剥かれ、しかも前は興奮したままパジャマの

ズボンが抜けてくれないような状態で、

 

自分にいったい何ができるというのか。

 

 

(……後で絶対殴ってやる。泣いて謝るまで殴ってやる)

 

 

 

涙ぐみながらブツブツと呪詛の言葉を吐き続けるアキラの心情には全く頓着せぬまま、

 

 

源泉は上機嫌で隣の部屋へと恋人を運んでいった。