「あれ、獄寺くん、きみさ…

かなりぼうっとしていたらしい獄寺は、最愛の人の声にも
とっさに反応できなかった。

さいしょに感じたのは、自分の頬に添えられた細い指。

それが、ひやりと気持ちよくて。
でもなにが起こってるのか、うまく考えられなくて。


気がつけば目の前に、綺麗な琥珀色の瞳が大写しになっていた。
同じ色合いのやわらかな髪も。

こつん、と真ん中わけの獄寺の額にあたるのは。
彼が敬愛してやまない、ボンゴレ10代目・沢田綱吉のおでこ。

………だったり、する。



獄寺の思考は完全にフリーズした。



「あ、やっぱそうだ。熱いよ、獄寺くん。熱あるよ、きみ」

今日ずっと元気なかったし、おかしいなと思ってたんだ。
と、彼は額をつけたまま、超至近距離から無邪気に告げてきた。
獄寺の具合が悪いのに気づけたことが、嬉しいようだ。



(心臓が口から出そうっす、10代目…)

一方の獄寺はといえば、体はガチガチに緊張して、表情筋ひとつ
動かせない状態だった。
灰碧色の瞳は、一度ツナの目を見たっきり、床をガン見している
始末である。



「獄寺くーん??」
よくできた人形のように動かない獄寺を不審に思って、ツナは
指先で獄寺の頬をペタペタとはたいてみた。

目線が合わないのに焦れて、彼の顔を軽く手で上向かせてみる。


そこまでやってしまって初めて後悔した。

獄寺と目を合わせた瞬間、彼がかわいそうなぐらい真っ赤になって
しまったことを知り。
その照れくささは、あっというまにツナにも伝染する。
かーっと頬も耳も熱くなるのがわかった。


(うわ、なにやってんの、なにやってんのオレー!!?)
(相手、ランボやイーピンじゃないんだよ!)
(獄寺くんじゃん!)
(獄寺くん、困ってるよ!どーしよー…)



いかに好き同士とはいえ、気恥ずかしい行為というのもあるのだと
ツナは初めて知った。

あたりまえのように、自分のものみたいに獄寺に触った自分は
すごく子供っぽい。
まあ、「オレはあなたのものですよ、10代目☆」とかなんとか普段の
獄寺なら言いそうな気もしたが。

今日に限ってなんでこんなに照れるんだ。

不意打ちしたのは自分のはずなのに、ツナはものすごく責任を彼に
なすりつけたくなった。

(は・恥ずかしいよ〜)



だがそんな逡巡も、今の今まで微動だにしなかった獄寺が、突然
がばっと立ち上がったことで中断させられた。

立ち上がったのはいいが、フラフラしている。
当然だ。
触っただけだったが、38℃以上あるんじゃないかとツナは思う。


「申し訳ありません、10代目!!」
「はあ!!?」
「申し訳ありません、オレ、今日は帰ります」
「ちょ…獄寺くん、どうしたの、怒ったの?」
「怒るって何がっスか……いや、それより一秒でも早く10代目から
離れないと、オレの病がうつってしまうんです、10代目に!!」


言葉は力強いが、本人はもう何を言ってるか半分分かってなさそう
だった。

(いったい何の病気だと思ってんの、獄寺くん……)



涙目になった獄寺は、自分の荷物をカバンに突っ込もうとしたが
その瞬間、またふらっとなってその場にへたりこむ。

まったく頭は働かなかったが、獄寺は愛する人から離れねばという
悲壮な使命感でいっぱいだった。

そんな自分をあわてて支えてくれたツナに超感動したが、ここで
10代目のご好意に甘えちゃなんねーんだ!と思った。



しかしツナは自分の手を払おうとする獄寺の肩をぐっと押さえつけると
そこに無理やり座らせた。

もう一度、獄寺の頬を両手で包みこむ。
今度はぜんぜん恥ずかしいなんて思わなかった。
ただ、自分の掌に伝わる熱のことだけが、気がかりだった。



「もうなんでそんな聞き分けないんだよ、獄寺くん」
「すみません、でも10代目ぇ…」
「そんなフラフラで。家帰ったって食べ物も薬も看病してくれる人も
いないのにどうすんの」
「だって10代目にうつったら…」
「ただの風邪だろうし、用心してれば大丈夫。きみはここにいるの!
オレのベッドに横になって。治るまで帰さないからね」



そんな…お母さまにもご迷惑がかかります、という獄寺最後の
抵抗に対し、ツナは今度はひどく悲しそうな顔をした。

「ねえ、オレ、きみに命令しないといけないの?」
「10代目…」
「オレ、好きな人に命令するのなんかやだよ。獄寺くん、オレに
そんなことさせないでよ」


柔らかな色あいの、でもつよい意思のある瞳。
それを曇らせるのが、獄寺の本意のはずもなく。
獄寺はふらふらする頭で、ツナの言うことを懸命に聞きわけると
ようやく素直に頷いた。

とたんにふにゃ、と体から力が抜ける。



「わあ、獄寺くん!!?」

意識がもうろうとした、自分よりもずっと大きな体を、ツナはよいしょ
よいしょと運んで自分のベッドに寝かせた。

以前怪我をした獄寺を背負って帰ったこともあるし、ビアンキの顔を
見て獄寺がぶっ倒れるのもしょっちゅうだ。
これぐらいなら非力なツナにだってできるのだ。


とりあえず制服のネクタイとベルトを抜いて楽にしてやったが、後で
母さんに言って父親のパジャマを用意してもらおうと思う。





銀色の髪が額にかかっていたのを撫でつけて、ツナはもう一度だけ
そっと獄寺の頬に指で触れてみた。
やっぱりすごく熱い。心配だ。

獄寺は自分の前ではいつだって笑顔で、よく気をつけていないと彼が
苦しんでいるのを見過ごすから。



瞳は閉じられていて見えなかったが、まつげの長さにびっくりした。

(きれいだなあ…)

(…なんか、すごい、ドキドキするよ)



オレも病気かも? とツナは空いている手で心臓を押さえてみる。

いつの間にか獄寺は、周囲にたくさんいる賑やかな面々の中で
とくべつな人になっていた。

そう、とくべつ。

(獄寺くんは、それ、ちゃんと分かってんのかなー…)




「分かってよ」
ちょっと困ったような顔をして、ツナは小さくつぶやいた。

(…オレを大切にするぐらい、きみは自分も大切にして)


そんな気持ちを知ってか知らずか。
獄寺は、深い眠りに引き込まれ、すうっと寝息をたてはじめる。




その寝顔が心なしか微笑んでいるように見えて、ツナもつられた。


音をたてずにそうっと部屋を出ていきながら。


『幸せな気持ちって伝染るんだな』
そんなことを考えた。